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東京の秋・3

土曜日。夜まで何も無い。自分は色々と計画を練り上げた結果、早稲田へ向かった。というのも、夜には早稲田のホテルで漫才仕事がある。そのため、一旦早稲田駅のコインロッカーに荷物を預けて身軽になってから夜まで遊ぶことにしたのである。更には地下鉄の一日券を購入することで、これでどこへでも行ける。これこそが計画的な行動。天気も上々で、完璧、ペキカンである。自由を手に入れた自分は、るんるん気分になった。早稲田駅に着き、ロッカーに荷物を仕舞って、るんるん言いながら歩いていると腹が減ったので、チェーン店の牛丼でも食べるかと思ったが、馬鹿かね、阿呆かね、わざわざ東京まで来てそんなものを食うのは臭芋野郎ですわ。おまけに私は今るんるんですから、るんるんな物を食べますわ。とはいえ、昼飯ごときに金を散財するのも阿呆らしい。さて、そこで自分の頭に浮かんだものは、学食である。若い学生たちとともに夢を語らいながら学食を食べるんですわ。自分は、るんるんで早稲田大学へ行った。土曜日で学食は閉まっていた。

結局、学内のサ店でカレーライスを食べた。勿論、美味しくなかった。大隈重信ゆかりの庭園で煙草を吸ったり、頭の悪そうな学生を眺めたり、学生向けの休憩所で白目を向いたり、した。なぜだか虚しい気持ちになってきた。心がからっぽの空洞になった自分は、いつの間にか涎を垂らしながら不細工な女子大生たちを見つめていた。二時間経っていた。さっきまでのるんるんはどこへ行ったのだ。こんなことではまるで駄目だ。自分は、熱い心を思い出そうと、試しにシャドーボクシングをしてみた。そのとき脳裏に浮かんだのは、矢吹丈。あしたのジョー。自分は急いで地下鉄に乗った。

山谷のドヤ街。泪橋。あしたのジョーの舞台である。現在は南千住という名前で、近所には吉原遊郭、現在の吉原ソープランドもあるという。再びるんるんを取り戻した自分は、南千住駅に着いた。しばらく歩くと、安宿が並んでいる。ほう。おんぼろの長屋。ほう。矢吹丈が紀ちゃんとサンドイッチを食べた玉姫公園。ほう。でも、何かビミョー。ドヤ街、っていうから、大阪でいうところの西成あいりん地区、いわゆる釜ヶ崎、のようなイメージだったが、釜ヶ崎と比べればパンチが弱いというか、小便臭さが足りない。あくまで東京のドヤ街といった様子で、ビルもタワーマンションも建っていれば、向こうにはスカイツリーも見える。

山谷を抜けて、吉原へ行く。見返り柳、吉原大門、と過ぎるが、遊郭どころかソープランドも見つからない。街の地図看板にも載っていない。そろそろ歩き疲れた頃、喫茶店が並んでいるので入ろうかと思ったら、それらは全てソープランドの案内所だった。路地を覗けば高級ソープランドが並んでいた。しかし、金が無いので勿論行けない。泡姫に癒やされたかった。悔しい。泪をこらえてひたすら歩く。吉原遊女を祀った神社、吉原弁財天に入った瞬間、身の毛がよだつ。何やらぞわぞわとした。やたらとカラフルな鳥居と、怖い目つきの弁天様。池に鯉。振り返れば、鬼。死んだ遊女たちの怨念なのか分からないが、とにかく気味の悪い神社だった。そそくさと抜けて、山谷地方とおさらばした。

上野恩賜公園。不忍池。やっぱりこういう場所が落ち着きますわ。しかし自分は、もういい加減歩き疲れてへとへとですわ。腹も減っている。だけどもう、どこにも行きたくない。ていうか、帰りたいなぁ。と思いつつ、することが無いのでひたすら座っていた。雨が降ってきた。小雨ではなく、本降りだった。ずぶ濡れの中、携帯の電池も切れた。腹も減った。老後を考えようと思ったが、何も考えられなかった。

夜、早稲田へ戻り、漫才して、お疲れしたー、と夜行バスに乗るため再び新宿へ。バスの出発は夜10時40分、現在夜10時15分。計画的行動。ペキカンですわ。家に帰ろう。自分はもしかしたら、家が一番好きなのかもしれない。ともかく、これでようやく家に帰れる。しかしどういうわけか、ターミナルの電光掲示板で案内を確認しても、一向に自分の乗るバスが見当たらない。確かに10時40分。係員のおっさんに尋ねてみると、おっさんは手元の機械でちょろちょろ調べつつ、うーんそのバスは無いですね、と言う。ふざけたこと抜かすなと、予約メールをおっさんに見せると、ああ、これ午前10時40分発ですよ、と標準語。愕然とした。自分は朝の便を取ってしまっていた。へらへら笑うおっさんに、何とかしてくれと頼むも、今夜のバスは全て満席です、と完璧な標準語で言われる始末。払い戻しも勿論無い。仕方なく明日のバスを予約する。金が失くなった。泪。つづく。

何もいりません。舞台に来てください。