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プリンス天功

 僕は昆布が嫌いだ。「他の苦手な食べ物は我慢して全て食べますから、昆布だけは残させて下さい」とお願いしたくなるほど嫌いだ。いくら昆布が美人だとしても僕は昆布と結婚できないと思う。口に入れることがただただ苦なのだ。人には苦手を超えてどうしても嫌いなものが存在する。悪意はなくとも、相性が合わないのである。僕にとってはそれが昆布だ。


 僕は小学校入学と同時にある目標を立てた。「給食を減らさない、残さない。」である。よそわれた給食は苦手なものが入っていても、量を減らさずに全て食べ切る、というものだ。幼い僕は給食を通し、先駆けてSDG'sを実践していたのだ。この目標によって僕は、給食に出てくる昆布の佃煮も、塩昆布も我慢して食べることになった。そして、苦手なものも息を止めて飲み込んでしまえば味がしないと悟った僕は、全ての昆布を飲み込んでいた。しかし小学二年生のとき、大きな壁が立ちはだかる。6年間の小学校生活で後にも先にも出なかったお正月献立「昆布巻き」である。佃煮も塩昆布も、細かく刻まれていたので容易に飲み込める。しかし昆布巻きは親指ほどの大きさがあり、飲み込むのは危険である。それでも僕は器の中にあった5,6個の昆布巻きを、一つずつ数えながら喉の奥に押し込んでいった。風邪のときに飲む薬はまだシロップや粉薬であるのに、僕は錠剤よりも大きな昆布巻きをせっせと飲み込んでいったのだ。びっくり人間のイリュージョンのように昆布巻きを飲み込み、特殊な訓練を受けていない僕は冷や汗をかきだした。1個、2個、3個...。何も考えずに遠くを見つめ、ただひたすら昆布巻きを消していった。「あと2個だ、いける...」そう思ったのも束の間、僕の上半身に体内から抗えない力が働いた。

「おえっ!」

教室に僕の大きなおえつが響いた。
僕は飲み込んだ昆布巻きを全て口から再登場させた。一切噛まれていない昆布巻きたちが見事に姿そのままにポロポロと現れた。スーパーイリュージョンだ。机の上は、まるで「いただきます」を言った直後のようにキレイだった。慌てて近寄った担任の先生も「大丈夫??」と言いながら、幼いびっくり人間に混乱を隠せていなかった。そして机に転がる昆布巻きを見て、もう食べないように言った。僕は恥ずかしさを感じながらも、妙な達成感を抱いて昆布巻き以外の残りのおかずを食べた。吐くまでしなければ、好き嫌いをするという罪悪感は僕の中で払拭されなかったのである。

 大学生になった僕はまだ昆布が嫌いだ。苦手なものにも多々遭遇する。小学生の時から変わったのは、そういったものを嫌いだとは言っていられなくなったということだ。だから自分との相性の問題なのかと一度疑ってみなければいけない。自分の思い込みなのではないだろうかと。そのために、苦手だとしてもそれを受け入れて理解してみようとする。でもそれには大きな労力が必要で、いつでも逃げたくなる。だから僕は苦手なものに遭遇する度に、理由はどうあれ、果敢に昆布巻きを一つずつ飲み込んだあの時の自分を褒めたくなるのだ。


このエッセイは、noteのマガジン機能によるエッセイ集のために書いたものです。

エッセイ集について                         初回となる今回は【好き嫌い】というテーマで、僕と友人たちで寄稿し合いました。個性豊かな作品集となっていますので、他の作品にもぜひ触れてみて下さい!
https://note.com/shimawo_satchmo/m/m8f6e1f23b723

また、このエッセイ寄稿は今後も定期的に企画していくつもりなので、参加したいと思って下さる方がいらっしゃいましたら、是非ご連絡ください。

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