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「妊婦のダイエットで低身長?」から考えるアイキャッチ画像の誠実さ
久々にツイートが300リツイートを超えたのでちゃんと書こうと思います。
この伝え方のまずいところは2つ。
— しましょ(島田祥輔) (@shimasho) February 6, 2020
1. ラット実験なのに人間のイラストを書いている
2. 論文では摂取カロリーを40%減らしているので書くなら「過剰なダイエット」にするのがいい https://t.co/Gv6PVYy0Xw
私はこれを見て「あーエピジェネティクスかな?」と思ったけど、リプで批判が多くてびっくりしたわけです。
妊娠中にダイエットする人なんていない
産婦人科で「太るな!」と言われているのに
全部母親が悪いのか
うちは違う
そういうこととは違うんだけどなあ……と思いつつ、確かにこれはそういう受け止め方をされるような伝え方になっちゃっているのはライターとして気になったところ。このテレ東ニュースでは論文のリンクがあるので(ありがとう!嬉しい!)、論文をもとに伝え方のまずさを考えます。
1. 人間のイラストを描いているのがまずい
まず、この実験はラットでやったもので、ヒトで検証したものではありません。ラット実験で子ども以降で増加が認められた「miR-322」、それとmiR-322によって作られる成長ホルモンレセプター(細胞表面でホルモンの受け皿みたいなもの)の量の変化も、ヒトでは確認していません。
なので、ここで人間のイラストを描くのはけっこうまずいです。ラットを描くのが誠実というものです。
あとは低身長だけでなく低体重も論文では問題にしていますね。子ども以降がちょっとちっちゃくなるラットのほうが正確です。
2. 実験は「妊娠中にカロリー40%カット」という過剰なダイエット
多くの批判があったのは「ダイエット」という表現。ダイエットというと、体型維持の(または痩せる)ための食事制限という意味で受け止められています。ではラット実験ではどうかというと、エサの炭水化物を減らして摂取カロリーを40%も減らしています。
人間の女性では、1日の摂取カロリーは約2000 kcal、妊娠中期では+250 kcal、妊娠後期では+450 kcalが基準です。(「日本人の食事摂取基準(2020年版)」より)。
ラット実験を人間でやるなら、妊娠中1日あたり本来は2250〜2450 kcal必要なのに1600〜1700 kcalで過ごすことになります。これは妊婦がやるべきでない食事制限です。
ラット実験では、論文の図1Aに妊婦マウスの体重の推移のグラフがありますが、カロリー40%カットしたラットの体重変化は、通常のラットの体重変化の半分くらいです。ダイエットという生温いものではなく、飢餓状態と表現してもよいと思います。
ツイートのリプには「うちは違う」というものもありますが、さすがにこんなカロリー制限はなかったとおもおいます。
なので、タイトルにある「ダイエット」で「太り過ぎを防ぐ」くらいの受け止め方をされると、このニュースの真意が伝わりにくくなります。タイトルに入れるなら「過激なダイエット」とか「過剰なカロリー制限」あたりが妥当でしょうか。
言いたいこと: アイキャッチ画像は気をつけよう
TwitterではURLを貼ったときにアイキャッチ画像が自動で表示され、サイトへの流入を手助けしているわけですが、ツイートを見た全員が記事の文章を完全に読んでいるかというとそうでもなく、見出しや画像だけで判断して脊髄反射リツイートやリプをする人たちがいるのも事実です。人の心理なので責めるものではないのですが。
そういう人の心理がある以上、アイキャッチ画像と見出しだけである程度の内容が的確に伝わるよう工夫する必要があります。インパクトは重要ですが、インパクトと的確さは両立できるものだと私は信じているし、できるよう努力したいものです(なんつってこの記事ではホワイト・ピンクなアイキャッチ画像にしたけど)。
本当は「オランダ飢餓をラット実験で再現」
伝え方の問題を書いたけど、そもそもこの実験から何が言えるのでしょうか。実は「妊娠中の母親の経験が子どもに影響を与えることがある」ということが判明しつつあります。
人間では、第二次世界大戦中のオランダがよく例に挙げられます。ドイツによる交通封鎖のために十分な食糧が入らず、このときの摂取カロリーは1日1000 kcalにも満たなかったとのこと。
この飢餓を経験した妊婦から生まれた子どもは、その後大人になって糖尿病、肥満、高血圧、心血管疾患、さらには認知障害やうつ病になりやすいという追跡調査の結果が得られています。これらは遺伝子そのものの変化ではなく、遺伝子の使い方が変化したことであることが最近いろいろ報告されています。この「遺伝子の使い方」が、最初に書いた「エピジェネティクス」です。
ざっくり書くと、妊娠期に極端な飢餓を経験すると、「なるべくエネルギー節約でいこう」というように遺伝子の使い方が変化します。ところが、成長して栄養が豊かな環境になっても節約志向の遺伝子の使い方は変わらず、裏目に出て肥満などになりやすい……というもの。その遺伝子の使い方は元に戻らず、さらに孫にまで受け継がれる、ということを示したのが今回の論文です(他の実験動物でも再現できていて、今回はmiR-322という物質の量が変化していることを見つけたというもの)。
エピジェネティクスの研究は、今回のような妊婦と胎児だけでなく、生きている中でも食べたものやストレスなどによって変わると考えられていて、人間の追跡調査だけでなく植物でも研究がおこなわれています。
基礎研究としてはかなり注目されていますが、まだ人類に直接応用できるレベルもののはほとんどなく、今回の研究成果もすごく気にする必要はないですね。何てったって妊娠中にカロリー40%カットは過激です。私は妊娠したことないのですが、主治医から言われた適正体重内に収まっていれば心配しなくていいと思います。
エピジェネティクスという、遺伝子の使い方の研究がある、ということを知ってもらうだけでも嬉しいです。
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