演劇を、待つ。

演劇が好きである。

演劇が好きと言っても、ろくに演技をしたこともなく、演劇論に造詣が深い訳でもなく、全通は遠い夢で、2019年の観劇数はライビュ含めて18本という、ガチとは言い難い観劇オタクである。

最初はなんとなく見に行って、ハマって、推しができて、日々楽しく推し活している。辛いとき、苦しいとき、この公演を見るまでは頑張ろう、あのDVDが出るまでは頑張ろうと思うよすがとなってくれていた。

正真正銘、生きる糧だった。地方に住み、大学生という身分も相まって見たいものを全て見ることは叶わなかったけれど、できる範囲で楽しんできた。

だが、昨今の情勢を見ると、今後前のような状態で楽しめるのか、不安で仕方がない。

ウイルスの影響で、行く予定だった公演がなくなってしまった。
関係者の皆様は、きちんと生活できているだろうか。
夏に行う予定の演劇は、無事に開幕されるだろうか。

頭をよぎらない日はない。

少しでも足しになればいい、と寄付をしたり、買っていなかった円盤を買ったり、グッズを予約したりとできる範囲で応援しているが、自分の中に演劇の成分が足りていない、と物足りなく思う日々だ。

目の前で生身の人間が演じることに、私は心を震わされる。

生きている人間が、役として板の上で息をして、喋って、泣いて、笑って、怒っている。

自分もその場にいて、歴史的瞬間や、一人の青年の人生の岐路に立ち会うことができる。この興奮と贅沢は、一度味わうと忘れることができない。

すごいのだ、本当に。
最大で同じ公演を七回見たことがあるのだが、一度として同じ演技はなかった。同じセリフを、同じ人物が喋っているのに、間合い、気持ちの入れ方、相手との距離感で全く別のセリフに聞こえる。

演劇のライブ感、大好きだ。

観客も時には参加して、一緒に創り上げる、あの感覚。
だからこそ観劇マナーとかが厳しくなりがちなあの場所。
チケットをもぎってもらい、エントランスに足を踏み入れる瞬間。
劇場ごとのステージや会場の広さによって異なる演出。
汗の一滴までも見えるほど近い席に座った時に伝わる熱気。

長蛇の列ができる女子トイレでさえも、今は懐かしく思えてしまう。

また、劇場で演劇を見たい。

客席でゾワゾワと鳥肌を立たせ、感涙で咽び泣き、立ち上がって拍手を送り、帰りのバスで思い出し笑いをしたい。
Twitterで観劇レポを探して、一人で盛り上がったりしたい。
好きな役者さんのためにレターセットを探したりしたい。
その日グッときた役者さんのブロマイドを追加で買ったりしたい。

全てが、待ち遠しい。

きっといつか、復活してくれると信じている。

だから、演劇を待つ。待ち続ける。



あとがき

私の推しの役者さんの、初の主演舞台が8月に待ち構えている。
運よく、千秋楽のチケットも手に入れた。

これを見ることが、今の人生の希望である。

彼は、悩み苦しみ葛藤していく、人間の弱くて、でも愛おしい部分の演技がとても素晴らしい方だ。歌声も素敵で、低く響くビブラートで胸を鷲掴みにされた。ファンイベントで椎名林檎を歌ったとき、私は記憶が吹っ飛ぶかと思った。

初期の方の作品で出会えたことは、人生の中でも大きな幸運だったと思っている。2017年の節分の日、キャナルシティで私の人生が変わったのだ。

礼儀正しくて、ファンに丁寧に接してくれて、ひたむきに真っ直ぐな彼のおかげで、苦しい時期を乗り越えられた。

板の上に立つ推しをまた見れるその日を信じて。

お気持ちの範囲でサポートしてもらえると嬉しいです。ちょっと頑張りたいときのご褒美おやつを買います。