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PolyscapeがゲームQAサービスを開始しました | エンジンとコンテンツの二刀流で目指すPolyscapeの事業ビジョン

本日より、Polyscapeから「Polyscape QA Tech Lab」というゲームQAサービスが公開されました。Polyscapeは、「人がより自由に生きられるバーチャル世界を創造する」というミッションに向けて「MISTROGUE : ミストと生けるダンジョン」というPC向けゲームを開発し、2023年秋に正式版を発売しました。

そんなコンテンツを作っていたPolyscapeからゲームQAエンジンというゲーム開発者向けのサービスが出ることになったので、「なぜ?」と思われる方もいるかもしれません。そこで今回は、PolyscapeがQAサービスを始めることになった背景とその裏にある戦略、そして、QAサービス・会社として目指す未来について書いてみたいと思います。

なぜ、ゲーム開発からQAエンジン開発に?

なぜ、コンテンツを作っていたPolyscapeがゲームQAというフィールドに飛び込むことになったのでしょうか。それは主に以下の2つの理由からです。

  1. コンテンツ開発で培われた自動テスト機構にチャンスを感じたため

  2. コンテンツ事業一本から、より安定した事業体制を構築するため

コンテンツ開発で培われた自動テスト機構にチャンスを感じたため

本日弊社から公開された「LLMを用いたゲームQA機構でコスト79%削減! |MISTROGUEのQA自動化事例」という記事にもある通り、Polyscapeが開発していたMISTROGUEでは、社内向けのオートQA機構が走っていて自動でQAを行っていました。
MISTROGUEは、本開発期間が6ヶ月と非常に短い期間で開発されたプロジェクトだったため、良くも悪くも、リリースや実装プロセス・ブランチ運用はとにかくスピードを重視したものになっていました。
そのため、一度開発して動いていた箇所が、別の変更によって動かなくなるという「リグレッション(巻き戻り)」が多発していたという課題がありました。

コードレベルのソフトウェアテストを導入しようという考えもありましたが、ゲームというのはWEBサービスと違って、プロダクトを構成する要素やパターン・状態・依存関係が膨大で、各部位は正常でも統合された結果不具合が起こるといった事象や、コードレベルでは正常でもランタイムの挙動により不具合が起こるという事象、そもそもグラフィックやモーションの不具合はテストでは検知不能、といった問題があり、ソフトウェアテストではキャプチャしきれないという課題がありました。
そこで、ユーザーの代わりにプレイを行うオートプレイ機構を作って、異常検知を定点観測的に行うボットを作るというアイディアが浮上しました。大手のソーシャルゲーム開発などではよく行われる手法ですが、MISTROGUEではリグレッションが多かったため、小規模ではあるが十分に活用できるのではないかと考えました。

詳しい紹介は前述の記事に委ねますが、そのような経緯でMISTROGUEではJenkinsによるビルド時にチュートリアルをはじめとするダンジョンが自動でプレイされるようになっており、実際にリグレッションがブランチに入り込むのを防ぐといったことに成功しました。
記事にあるValidation機構やLLMによる検知機構をはじめとした機能追加を行っていくうちに、「この機能はMISTROGUEのみにとどめておくのはもったいないのではないか」という考えに至り、より汎用的なサービスにすることで、より多くのコンテンツ開発者に価値を届けられるのではないか、という発想が生まれました。これが1つ目のきっかけです。

コンテンツ事業一本から、より安定した事業体制を構築するため

MISTROGUEは2023年10月に正式版が発売され、お陰様で発売3日で売上約1万本達成、Steam日本売上トップ10入と、会社として初のコンテンツとしては一定の成功を納めることができました。

とはいえ、当たり前ながらSteamに並ぶ歴代の名作の売上には遠く及びませんし、今後も今回と同じような形で一定の成功を出し続けられるとは限りません。

自分はゲームが売れるための再現性の型というものは存在するとは思っていますが、「極論、出してみるまで売れるか売れないかわからない。」というのがコンテンツビジネスです。コンテンツの中身とマーケティングはもちろん重要ですが、SNSでバズるか、その時のトレンドにうまく乗れるか、誰の目に止まり配信されるか、初動でどんなレビューがつくか、さらには同時期に出た他のタイトルの影響といったコントロールしにくい要素も売上を大きく左右します。(それゆえに、一般にVCからの調達が難しい領域でもあります)

さらに、その、「出すまで=売れるか売れないかわかるまで」 に数年の時間を要するのもまたゲーム事業です。ゲームには、5年の開発期間と開発費をかけたけど鳴かず飛ばずだった、ということもありますが、これをスタートアップでやってしまうと、ゲームが売れなかったら会社が即飛んでしまいます。

Polyscapeのミッションは「人がより自由に生きられるバーチャル世界を創造する」です。自分たちがプラットフォーマーとしてバーチャル世界を創るのか、他のプラットフォーム上にそのような空間や社会を作っていくのか、いろいろなアプローチが考えられますが、いずれにしてもコンテンツを自社で作り売る力というのはミッションに対して必要不可欠な力です。したがって、Polyscapeは今後も自社IPによるコンテンツ事業を続けていきます。

しかし、前述のようにコンテンツ一本で経営をしていくことはスタートアップには不向きですし、リスクも非常に高いというのが現実です。そこで、コンテンツ事業にもシナジーが効くキャッシュエンジンとなるような事業を作ることで盤石な収益基盤を構築し、その収益を元手に自社パブ・自社IPのコンテンツを当ててホームランを飛ばす、という戦略を考えました。運も絡むコンテンツビジネスにおいて成功するためには、当たるまで打席に何度も立ち続けること、そして運も絡むという前提でその体制をあらかじめ構築していくことが重要と考えました。

そうして立ち上げることになった新規事業がQAエンジン事業です。Polyscapeはこの発想によりエンジン事業とコンテンツ事業をもつ異色の会社となりましたが、この構想の先に何を目指すのかを少し語りたいと思います。

エンジンとコンテンツの二刀流で目指すPolyscapeの事業ビジョン

エンジン事業が始まる一方で、コンテンツ事業はどうするのか?今後もゲームを出すの?と思っている方もいらっしゃるかも知れませんが、現時点では、ゲームコンテンツ開発もそのまま続けていくプランを考えています。チームの拡大・増強はしばらく後かもしれませんが、それでもコンテンツ開発は続けていかねばならない、と考えています。(ユーザーの皆さんへ:次回作の情報はもう少し先になります、すみません)

エンジンとコンテンツの二刀流にしているのは、ミッション達成に対してコンテンツ事業が不可欠と考えているということもありますが、事業戦略・組織戦略上の観点でも、一定の意思をもって、両輪化していこうと考えています。

なぜ、コンテンツ事業とエンジン事業の二刀流なのか?

エンジン事業とコンテンツ事業のシナジー

エンジン開発において競合よりも高いUXを提供してNo.1を取るためには、自分たちの市場やユーザーに対しての学習が非常に重要と考えています。コンテンツ事業を内包しているということは、自分たちがエンジン事業の顧客でもあるということです。自分たちも同じ「開発者」である立場を生かして、顧客であるコンテンツ開発者のpainを高い解像度で学習し、それを自社プロダクトに活かすことで価値を高めるというサイクルをつくります。さらに、実際の開発においても自社サービスをドッグフーディングすることによって実地投入の感触を得て、プロダクトを爆速改善することができます。

逆に、コンテンツ事業は、自社のエンジン事業が提供する効率化ツールとノウハウをコアレベルで利用できるので、これが他社がもっていない独自のワークフローと開発体制という武器を生み出します。さらに、今回のMISTROGUEで使われたQAエンジンの例のように、コンテンツを効率的に開発しようとする過程で生まれた技術シーズをエンジン化するという相乗効果も生みます。

事業ポートフォリオマップ
https://coralcap.co/2023/11/compound-startup-framework/ より引用したフレームワークを利用

また、プロダクトポートフォリオ的にも、一発当たったらとてつもなく大きいがロングショットかつボラティリティが大きいコンテンツ事業と、短期での立ち上げをしやすく継続的に売上が発生するが長期的には市場規模的に頭打ちが見込まれるエンジン事業を組み合わせるのも一定の合理性があると考えられます。(画像はCoralCapitalブログより引用)短期収益をエンジン事業で作り、稼いだキャッシュをコンテンツ事業に投資することでロングランでのホームランを狙っていきます。

コンテンツ事業を始めるのは頭打ちが起こってからでもいいのではないか?ということも考えられますが、組織が成熟すると、確実に一番売上が上がっているひとつの事業にフォーカスしようという力学が働き、顧客も違う新規事業を始める動きからは遠ざかるだろう、というのがこれまでの自分の経験も踏まえた結論です。コンテンツビジネスは芽が出るまで数回のトライは必要と考えているので、頭打ちし始めてから作り始めては遅いのです。

もちろん、リソース分散が起こる、同時に運営する難度が高いというデメリットは存在しますが、コンテンツビジネスは開発が軌道にのってしまえばリリースまでは開発がメインになっていくし、「ゲームの内容が面白い(良い)か」というところが最も重要な成功ファクターなので、事業的な複雑性は低く現実的な管理コストで運用できるのではないかと考えています(また、買い切りタイトルであれば運営の難度もさらに下がる。)。

「ゲーム×AI」というコアの共通化

そして、この両輪構想で最も肝となるのが、コアとなる強みを二事業に渡って共通化させていくという発想です。toB, toC と 一見全然違うことをしている両事業ですが、実は両者が追いかけている共通のテーマがあります。それは「AI技術でゲーム制作コストの劇的圧縮をする」というテーマです。

TransformerやDiffusionモデルといった生成AIをはじめ、最近のAIの発展は目覚ましく、アセット作成からQAのAI化、コンテンツライブ生成、ローカライズなど、ゲームにおける貢献は大きなものになると考えています。ゲーム開発費が肥大化しつつも労働人口が減少している現環境の中で、AIをものにできるゲーム開発者とそうでない開発者の差は圧倒的に開くのではないか、と考えています。

会社資料より引用:AI×ゲーム開発をコアに、ゲーム、メタバース、エンジン事業を展開

前述の記事でも紹介されている通り、QAエンジンでも言語モデルが利用されていますが、私達は、「ゲーム × AI」という領域でノウハウを貯め、コンテンツクリエイターとしても、エンジン提供事業者としてもAIの強みを最大限活かせるような集団になっていきたいと考えています。実際、AIの良さを最大限活かすのであれば、公開APIの利用のみならず、最新のモデルをデプロイして利用したり、自社で追加学習を行ったり、LangChainやベクタDBといったミドルウェアを上手く活用していく必要があります。またAPIや既存サービスを使う場合も、「コンテンツへのうまい落とし込み方や見せ方」「プロンプティングの工夫」といった形で、様々なノウハウが必要とされます。このような技術やノウハウはコンテンツ・エンジンどちらかに限った話ではなく、両方に共通していくので、事業を超えてこれを蓄積していくことが会社の成長に貢献すると考えています

エンジン事業側も、最初はQAエンジンから出発しますが、開発によるpainポイントはQA以外にもローカライズ、アセット作成など多岐にわたります。将来的なロードマップとして、そういった部分にもAIを適用して開発を効率化し、サービス化・ソフトウェア化を行うことで業界全体の効率化に貢献していこうと考えています。
生成AIのポテンシャルを鑑みると、将来的には1.5倍~2倍の効率化ではなく、領域によっては10倍オーダーでの変化も可能ではないか、と考えています。10倍というのは「3-4人のインディーゲームチームが、50h ほどのプレイボリュームのある3Dゲームを作る」「30人-40人のチームでトリプルA並のタイトルを出す」といったレベル感ですが、ツールとノウハウの進化によっては十分に達成できるのではないか、と考えています。

AI時代のEpicGamesになれるか

コンパウンドスタートアップの形態としてはRipplingやLayerXのような形でtoB型で顧客を固定し、同ターゲットに対して複数サービスで提供価値の幅を広げ、そこで溜まったデータを基軸に「それらの提供価値を一社から一元的に享受できる」というバンドル全体をコアUXとしていくというのが鉄板の形式です。
今回のPolyscapeのような2B事業と2C事業を同時にもつという考え方は、その中でもかなりイレギュラーなものだと思えます。しかし、そのような形で成長してきた会社が少なくとも一社あります。それは、Epic Gamesです

EpicGamesは、最初は横スクロールといったゲームコンテンツデベロッパからスタートし、1998年に3D FPS「Unreal」を作る過程で社内で使われたゲームエンジンのライセンス販売から Unreal Engine を成功させました。彼らはその後もUnreal Engineによるコンテンツ開発を続け、最終的にはメタバースの領域へ進出しました。FortniteがあれだけハイパフォーマンスなUGCエコノミーを実現できているのは、UEFNという優れたコンテンツとエンジン一体型エディタの存在 ー つまりコンテンツ事業とエンジン事業の両方を持っているからにほかなりません。

今は当時の状況とは違い、UEやUnityといった巨大なゲームエンジンが存在するので、ゲームエンジン自体を作るというよりは、その上で動く良質なAIミドルウェア、といった形になると思いますが、「自社のコンテンツをあくまで効率的に作るために作られた社内技術が後にサービス化する」という動き自体は時代や状況を超えて普遍的で、まさに今回MISTROGUEでも起こったことでもあります。

Polyscapeが目指すのは、いわばAI時代のEpic Gamesです。EpicがFortniteを作ったように、「人がより自由に生きられるバーチャル世界を創造する」というミッションを実現するバーチャルワールドに関連するサービスの創出も、この両輪の構造を突き詰めた先にあると考えています。

Polyscapeは現在資金調達中です。

今回は長くなりかけていたので「なぜコンテンツを作っていたPolyscapeがQAエンジン事業を始めたのか」という部分にフォーカスしましたが、QAエンジンによってどのようにゲーム開発・ゲーム業界を変えていきたいか、という部分は別の記事にて書いていきたいと思います。新しい事業を立ち上げはしましたが、ミッション・そして最高に面白いゲームコンテンツ・IPを自分たちの手で作って世界を席巻したい、という想いは変わっていないので、引き続き見守っていただけると嬉しいです。

Polyscapeは、現在QAエンジン事業を立ち上げ、本ビジョンを達成していくことに向けた資金調達を実施しています。VCまわりはサービスが進捗したら本格化させようとしていますが、Polyscapeのビジョンに興味をお持ちのVCの皆様、ご連絡いただけますと幸いです!

連絡先:代表取締役 島田 寛基
 hiroki.shimada@polyscape.io

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