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「月9かよ」と呟いた朝

昨年の7月、時刻は朝7時半頃。
スーツでバスを待っていると、じっとり汗ばむような気温でした。

バス停には私の他に3人の女性がバスを待っていました。いつもの顔ぶれでお互い挨拶は交わさなくとも「暑いですねぇ、今日もお疲れ様っす。」と心で会話してるような(と思っているのは私だけかも)感じ。

いつものようにバスは1〜2分遅れている。そこにいる全員スマホに目をやる。

「みゃおーみゃおー」

とダミ声だけど明らかに子猫の鳴き声がどこからか聞こえてくる。

横にいたいつもの女性と思わず顔を見合わせて

「猫ですよね。」

「はい、子猫ですよね。」

と、毎日顔を合わせていた彼女の声を初めて聞いたのが「猫ですよね。」でした。

私達は朝の慌ただしい車の音の間から聞こえる「みゃおー」の発信源を辿りキョロキョロ。
すると、バス停の向かいの道路脇に黒くてモゾモゾ動く小さいモノを発見しました。アレだ!

車が来ていないことを確認して、2人で駆け寄ってみると、ひょこひょこと歩いていたのをピタっとやめて私達を見上げてまだ「みゃおーみゃおー」と鳴いていた。
顔を見ると鼻血が出ていた。

「怪我してますね。」

「......どうします?」

「とりあえず、どこかに電話してみます。」

駆け寄ったはいいけど、どうしよう。
と思っていると一緒に駆け寄った女性が子猫を抱き抱えた。

と、同時に私の待っていたバスが今にもバス停に到着するところだったので

「ちょっと、すみません。私、バスが!」

とその女性を置いて急いで道路を渡りバスに乗り込んだ。
その女性だってバスを待っていたのに、自分だけ飛び乗るなんて薄情者だ。

今あった出来事なんて無かったかのようにバスは出発して、すぐに女性の姿も見えなくなった。

「猫、大丈夫かな。あの女性もきっと仕事に遅れちゃうだろうな。」

「電話するって言ってたけど、どこにかけるんだろう。保健所だったらどうしよう。」

「見つけたくせにそのままにしちゃうなんてどうなの。」

もう頭の中はあの小さい黒い猫のことでいっぱい。

私達のバス停を出発してから2つ目の停留所に停まり、車体の真ん中にある乗車用のドアが開いた。降り口専用のドアは前方にあり、誰も降車ボタンを押していなかったため閉まっていた。

「だめだ、戻ろう!」

ここで降りたらもう絶対に間に合わないけど、とにかく降りて戻らなければ!と誰も求めていない正義感に駆られて衝動のまま動き出した。

「あの、降りたいです!降ろしてください!」

運転手さんは、え?降りるんですか?とマスク越しでも分かるくらい怪訝な顔をしていた。

「降りたいです!」

半ば怒ったような口ぶりで、降車ボタンも押さずに降りたいと連呼する客なんて迷惑極まりない。

降車口を開けてくれたので、ICカードを勢いよくピッッッッ!!!(ピッ!に勢いも何もないんだけど)として飛び降り、来た道をダッシュで戻った。

3分の1くらい走ったところでもう汗びっしょりで息切れ。歳には抗えない。

っていうかバスから「降ろしてください!」て飛び降りるなんて月9のドラマでしか見たことないわ。久しぶりのダッシュに横腹をおさえながら

「月9...かよ......」

と呟いた。
スーツを着てダッシュしてきた汗だくなおばさんが何を呟いているのでしょうか。

再び走ってあの女性の元へ戻ると子猫を抱えながらどこかへ電話をしている様子。
女性の服に鼻血らしきものがついていた。

「戻ってきてくれたんですか!?」

アラフォーはもう息が切れて言葉を発せないので、コクコクと頷くだけ。

「さっきから区役所とか色んなところにかけてるんですけど、まだ開いてないみたいで出なくて。」

そっか、まだ8時前だからどこも電話すら出てくれないよな。
子猫はもう鳴いてなくて女性の腕の中にすっぽりおさまっていた。

「あの、、うちに猫がすでに居て、とりあえずなんとかなるんで連れて帰ります。」

「いいんですか?!うちペット禁止なんで助かります!」

「どうするかは分かんないですけど、また報告します!」

女性の腕から抱こうと触れると骨がゴツゴツしていて壊れてしまいそうだった。


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先住猫達は一定の距離を保ちシャーシャー言っていたけど、子猫の方はそれどころじゃ無さそうな雰囲気。

ケージに入れてすぐに近くの動物病院へ連れていきノミの薬を塗布してくれたり、レントゲンを撮ってもらった。

レントゲンを見せてくれて、左後ろ足の骨がスパッと折れているということと、食べるものが無かったからなのか胃には砂利が半分くらい入っていることを先生から説明されました。

「拾ったって言ってたけど、この子どうするんですか?」

先生から聞かれて「確かに」と答えになっていない答えを呟き

「前足も麻痺しているけどこれはすぐ治るよ。後ろ足の骨折も、子猫だったら不思議だけどくっついたりすることもあるから安静にさせておけばくっつくかもしれない。問題は砂利がちゃんと排便で出てくるかだね。後は血液検査だけどとりあえず1週間後また来て。とにかく食べさせて。」

もしも血液検査で、猫エイズや白血病だった場合、先住猫に移ってしまうので隔離しなければいけない。
どうしようか。とにかくその時は隔離して安静にさせて食べ物と新鮮な水を与えること。
拾った責任が後からズシンとのしかかっていた。

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検査の結果、嬉しいことにどちらも陰性。
レントゲンを再び撮ってみるとお腹の中の砂利は消えてキャットフードでパンパンだった。
後は足がくっつくまではまだ安静にという結果だった。

この時にはもう子供たちは子猫に夢中で名前までつけていました。
名前は「ちる」娘がつけた名前。ちゅ〜るをがっついて食べる姿が可愛くてつけたのだと。

子どもたちには
「どこかで猫を見つけてもひろっちゃダメだよ」
と自分の責任の無さを棚に上げて伝えた。
もちろんママだけズルいよ!と大ブーイングをくらったけども。

今や大人2人に子ども2人、猫が3匹と賑やかな家になり、カーテンはビリビリ、壁はガリガリ、網戸もダルンダルン。夜になれば破られたカーテンから高速道路の光が差し込む怪しい家になりましたが、あの時もしも「月9みたい」にバスを飛び降りなければどうなっていたのかと、ふと考えたりする。

いつものバス停であの女性に、ちるの成長報告をするのが密かな楽しみになっている。







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