「寮会」
交替の人がなかなか来ないので、思わずバイトが長引いてしまった。今日は週に1回の寮会の日なのである。
バイトはどうにか9時には終わったものの、寮会も同じく9時からなので、さすがに慌てて自転車を飛ばした。ただでさえ、遅刻にうるさい寮長なのに、バイトが原因だと分かったら、それこそ大目玉である。
9時15分頃寮に着くと、急いで帰ってきた感じを出すために、いささかおおげさに門のドアを開け、閉めるときにわざと「バタン!」という大きな音をたてた。寮会の日はいつもそうであるように、チャペルと食堂に電気が点いている。
ボクは乱暴に自転車を玄関に止め、トレッキングシューズの紐を解くのももどかしく、在寮確認板のマグネットを付けようとした。
「?」
在寮確認板のボクのところに、既に在寮を示すマグネットが付いてる。出かける時にはずし忘れたのだろうか。しかし、ボクはよっぽどの事がない限り、マジックをはずし忘れたりはしない。
不思議に思っていると、階段の方に誰かの視線を感じる。そちらに目をやるが、もちろん、誰もいない。それもそのはずで、ボクを除く寮生は、既に全員がチャペルに入っているはずなのである。
どちらも気のせいだろうと思い直し、ボクはカバンを持ったままチャペルに入った。
誰もいない。誰もいないのである。
電気は点いているが、席には誰も座っていない。曜日を間違えたかと思ったが、今日バイトがあったことを考えると、やはり木曜日に間違いはない。時間も既に9時20分をまわっている。
ボクは気を取り直して食堂へ向かった。班に分かれて話し合い、ということになったのかもしれない。入寮選考会前の今の時期なら、ありえないことではない。
しかし、やはり食堂も無人だ。寮会の日にチャペルと食堂の両方を使わないということは、まず、ありえない。そもそも、在寮確認板に全員のマグネットが付いていながら、この時間にそのどちらにも人がいないということは、絶対にあり得ないことなのである。
さすがに気味が悪くなって、ボギーの犬小屋まで行ってみた。すると、あろうことか、ボギーの小屋までもぬけの殻である。一体、どうしたというのだ。
「おいおい、しゃれになってへんで」
ボクは珍しくひとりごち、一段とばしで階段を駆け上がった。少しでも早く誰かを見つけることによって、この不気味な状況をどうにかしたいと思ったのである。
2階の廊下の電気は消えていた。左右を見回しても、中から光が漏れてくる部屋はない。そういえばさっき、外から寮を見た時も、チャペルと食堂以外、明かりの点いている部屋はなかったはずである。
ボクは廊下の電気をつけ、自分の部屋に入った。そして、いつもそうしているように、すぐに机のスタンドを点けた。一見したところ、出かける前と何も変わっていない。しかし、油断はできない。何せまだ、はっきりとは分からないものの、寮生全員が忽然と姿を消してしまったのである。
ボクは鞄をベットの上に置くと、今度は3階に行ってみた。
電気が点いていない真っ暗な廊下には、ある意味案の定、人の気配は全くしない。ここまでくると、もう、構ってはいられない。どんな些細な手がかりでもいい。ボクは廊下の電気だけ点けると、片っ端から部屋ドアを開けていった。
しかし、手がかりらしいものは何もない。部屋の散らかり状態すら、つい先程まで、その部屋に寮生がいたことを物語っている。2階の部屋も見てまわったが、やはり、同じである。これといって特別な変化はない。
ボクは強い疲労感に襲われ、自分の部屋のベットに身を投げた。
ボクの知らないところで、一体、何が起こっているというのだ。そういえば今まで気が付かなかったが、全く音らしい音がしない。まるでボク一人を残したまま、世界が眠りについてしまったかのようである。
「バタン!」
その時、不気味な静寂を突然打ち破るかのように、門のドアが荒々しく閉められる音がした。誰かが帰ってきたのである。
ボクはベットから飛び起き、窓から下を覗いてみた。自転車に乗っているという以外、暗くて誰だかは分からない。しかし、ボクは漸く一息ついた。遭難した山で、何日かぶりに人に会ったら、こんな気分だろう。ボクは走りながら部屋を出て、そのまま階段を駆け下りていった。
するとそこには。
靴を脱ぎながら、不思議そうに在寮確認板からこちらを向いた、今帰ってきたばかりの「ボク」が立っていた。
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