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「呼吸」

その程度に関わらず、犯罪を犯した者は即刻「消去」されるという「新治安維持法」が施行され、今年で3年目になる。

このシステムの中核をなすのは、テロなどの国家反逆罪にまで対応できる武装兵器を備え、常に陸・海・空全ての領域に渡って国民を監視している、通称「自動警察」と呼ばれるロボットたちである。

「彼ら」はあらゆる監視装置(各家庭にまで備え付けられた盗聴機器、中央コンピュータによるハッキング・システムなど)によって、即座に「犯罪」の発生を関知する。「彼ら」の行動は、日本国憲法及び各法律、条例、過去の全判例を加味して組まれた、通称「プログラム」によって規定されている。そして、「プログラム」の基準に僅かでもはずれる行為を発見した場合は、即刻「犯人」を「消去」(射殺)するようにインプットされている。「裁判」といった民主的な制度は廃止され、「過失」や「情状酌量」といった概念も、あくまでも数量的な計算によって量られるようになった。

自動警察に収められている「プログラム」は、日々更新される「判例定義ファイル」によって、常に書き換えられている。Ver.5.05になると、誤審の確率は、実に0.00032%にまで下がった。また、全ての自動警察は、常時衛星通信でコミュニケートされており、判断の基準は一瞬のうちに統一されることになっている。

法律や判例にない、全く新しい「犯罪」が発生した場合でも、インテリ社の超高速CPUである最新式AI、つまり人工知能が、人間であれば何十年かけて出すであろう最も確率の高い最終判決を、1秒間に約5万2千回も出力できるようになっている。

当初、そのシステムの稼働に懐疑的だった国民も、20XX年4月1日午前0時0分、この法律が施行された瞬間に、その法案を提出した政治家自身が、「贈収賄」で「消去」されるに至り、その信頼性は一気に高まったのである。

もちろん、このような法案の成立に反対する国民も多く、そもそも、そんな法律が施行されれば、真っ先に困るのが政治家自身である(事実、その様になった)。しかし、増えすぎた人口のために多発する凶悪犯罪の増加に歯止めをかける一石二鳥の法案として、渋々可決に同意せざるを得なかったのである。もっとも、現在は「立法府」と言っても、インターネットを使った電子投票による直接投票で法案が審議されるため、このようなことは得てして起こりうるのである。

この「新治安維持法」は、確かに当初はうまくいくように思われた。何せ、どんな「微罪」でも、いったん「犯罪」を犯したものは、次から次へと「消去」されてしまうのである。世の中から「悪人」がいなくなれば、「善人」だけの「天国」が実現すると信じられていたのである。

しかし、その制度が始まってしばらく経つと、あちこちでほころびが目立ち始めた。子どもを叱れば「児童虐待防止法」違反、自転車の信号無視で「道路交通法」違反。誤って貴重な植物を引き抜いた小学生が、「種の保存法」違反で空中自動警察に「消去」されるに至り、国民の不満は一気に爆発したのである。

しかし、自動警察に対する反逆行為は、最も重い罪である。そのようなレジスタンス行為は、当然、片っ端から殲滅されていった。

次々と国民が「消去」され、結局、ボクが日本における最後の一人になってしまった。そして今、全ての自動警察が僕に銃口を向け、まさに発射しようとしている刹那なのである。

罪状は「環境保護法」違反。さっきまでボクの他にも数人いたのだが、そいつらが「窃盗罪」(店員のいなくなった店から食品を持ってきたため。しかし、店員がいないのに、どうすればいい?)で、全員同時に「消去」されたことにより、ボクの日本における環境破壊比率が、一気に100%に達してしまったのである。

自動警察が近寄る。

「ふ~」

ボクは空に向かい、最後の二酸化炭素を吐き出した。

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