「演奏会」
今日は大学の礼拝堂で、ギターデュオの演奏会がある。
ボクは音楽が好きで、結構いろんなコンサートに行くのだが、ギター2本だけのコンサートというのは初めてである。だからすごく楽しみにしていたのだが、間抜けなことに多少寝坊してしまい、会場に入ったのは開演時間ギリギリであった。
どうにか座ることはできたものの、土曜の昼下がり、また、演奏者が本校の卒業生というということもあり、会場はほぼ満員であった。狭い会場とはいえ、大学が主催するこの種のコンサートはいつもガラガラなので、非常に珍しいことである。
開演予定時間を5分ほど過ぎてから、いよいよコンサートが始まった。まずは演奏会を企画した神学部教授の挨拶があり、その後、唐突に演奏が始まった。
まずこういうコンサートでは、客の気持ちをつかむため、最初は結構メジャーな曲をやるものなのだが、その日は僕の全く知らないクラシックのギター二重奏から始まった。クラシックギターなので、当然アンプ・スピーカはなく、生の音なのだが、礼拝堂という建物の作りもあり、音量に全く遜色はない。むしろ、いい感じに反響して、快い演奏である。
しばらく順調に演奏が進んだ。ギターデュオというのも悪くない。曲もしっとりしたものが続き、会場は結構底冷えで寒かったのだが、それにもかかわらず、ついウトウトしてしまったほどである。
しかし、3曲目の途中あたりから、どこからともなく、「カタカタ」もしくは「ミシシミ」という音が聞こえ始めてきた。最初は風で窓が揺れているのだろうと思い、すぐに止むものとタカをくくっていた。確かに演奏中であるため気にはなったが、風だったらそのうち止むはずである。
しかし、それがそういう訳にはいかなかった。最初はかなりの間隔があり、その音自体も小さかったのだが、その「カタカタ」「ミシミシ」という音は、おさまるどころか、むしろ建物のあちこちから聞こえてくるようになっていた。
こういうことが起きた場合、主催者はすぐに原因を調べ、何らかの手段を講じて客に説明すべきなのだが、先程の神学部教授は立ち上がる気配すらない。
ボクは自分なりにその原因を調べようと思い、建物のあちこちを見てみた。しかし、これと言っておかしなところはない。周りの人の反応も見てみたが、みんな前の方を向いており、ボクのようにキョロキョロしている人は一人もいない。おそらく、みんな我慢しているのである。
音はどんどん大きくなってきている。
次にボクは、演奏者の2人を見てみた。ボクも同じミュージシャンとして、自分の演奏中に何か音がすると、いかに気が散るか、非常に良く分かっている。ハッキリと目には見えないが、演奏者はおそらく不快な思いをしているはずである。
外国の音楽家だったら、「バカにするな」と言って帰ってしまうところなのだろうが、日本人の場合、なかなかそんな思い切ったことはできない。しかも仕事として呼ばれてきている以上、自分の方から「どうにかして下さい」とは言いづらいものである。
スピーカのない生音である以上、聞いている方も、あの音は絶対に気になっているはずである。みんな、我慢しているのである。
音は先程より、一層あちこちから聞こえてくるようになってきている。
演奏者の顔に、一瞬苦痛の表情が浮かんだように見えた。教授はまだ動かない。音は大きくなる一方である。
「ガタッ!!」
5曲目の途中で、ボクはとうとう我慢できなくなって立ち上がった。演奏者も含め、会場のみんながボクの方を振り返った。
「一体これは何の音ですか、何で止めないんですか!!」
僕は教授に向かって怒鳴った。
「なんだね君は、演奏者に失礼だろう」
「とにかく、早くこの音を止めさせろ!!」
「一体、何のことだね」
「とにかく……」
怒鳴り続けるボクは、いつの間にか礼拝堂の外に連れ出されていた。
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