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「文通」

その不思議な「文通」が始まったのは、まだ少し肌寒い、5月の初め頃だった。

その日、ボクは自分宛の電子メールを読もうと思い、いつものように大学のパソコンで自分のメールボックスを開けた。すると、見慣れた友達のメールアドレスに混ざって、全く見たことのないアドレスからメールが届いていた。

「誰だろう」

少し気味が悪かったが、そのメールを読んでみた。すると案の定、単なる「間違いメール」であった。大学が各学生に割り当てているメールアドレスは、学部と入学年度を表す2文字のアルファベットに、学生番号を組み合わせたものでしかないため、間違いが起こりやすく、こういうことはままあるのである。

何か重要なことでも書いてあれば、そこから事件でも始まるのだろうが、そんな事はあるはずもなく、単なる女の子同士の、たわいのない授業に関する連絡事項であった。

ボクは「間違って届いていました。」という一文を付し、そのまま「R」コマンドでそのメールを送り主に返送した。たとえ返送したからといって、普通の手紙と違ってこちらにも同じ内容のものが残ってしまうのだが、送り先にちゃんと届いていると思い込んでいるよりはよいだろう。

翌日、再びメールを読みに行くと、驚いたことに同じ人からメールが届いていた。そのメールが相手に届かなければ、いかに困った事になっていたかが丁寧に綴られており、ボクが考えていたより、よっぽど大切なものだったらしい。

そのまま無視しても良かったのだが、それもなんだか愛想がないし、そもそも顔も名前も知らない女の子とのメール交換も、案外悪くない。嫌になればすぐ止めればいいのだし、これと言って不都合もない。ボクは軽い気持ちで返事を出した。こうしてボクと「彼女」の不思議な「文通」が始まった。

最初は共通の話題がある訳でもないし、この「文通」も、すぐに終わるものと思っていた。しかし、当初の何気ないやりとりから、フとしたきっかけで相談事を持ちかける形となった。すると、お互い全く知らない者同士ということがかえって幸いし、ボクは「彼女」に対し、自分をさらけ出すようになっていた。そして、「彼女」も、そんなボクを優しく受け入れてくれた。

そしてすぐに、ボクは「彼女」からのメールが来ない日は、何も手に付かないようにまでなっていた。つまりボクは、パソコンの中のメールでしか会えない「彼女」に、恋をしてしまったのである。

文通しているものの常として、ボクは「彼女」自身に会いたいと思うようになっていた。しかし、「彼女」はどうしてもそれを承諾してくれない。ボクは、深みにはまった自分を自覚しつつも、どうすることもできずに、もがき苦しんでいた。

しかし、そんなある日、すごい偶然が訪れた。

その日ボクは、「情報処理」の授業で、「WHO-R」というコマンドを習っていた。このコマンドは、その時点でメールを使っている人と、そのパソコンの場所が分かるというコマンドなのである。

そのコマンドをタイプし、現在メールを使っている人達の一覧表を何気なく見ていると、その中に見慣れたメールアドレスがあった。そう、「彼女」のアドレスである!しかも彼女は、今、この建物の3階でパソコンを使っている!

ボクは、授業中の教室を飛び出し、3階まで一気に駆け上がった。少し卑怯かもしれないが、そんな事は言ってられない。

しかし、急いでその部屋の前まで来てみると、不思議なことに教室の電気はすべて消えており、中は真っ暗になっていた。不審に思い、一応ドアを開けて中に入ってみると、教室の後ろの方が、ぼんやりと光っている。誰もいないのに、1台のパソコンだけ画面が点いているのである。

ボクはそのパソコンのところに行き、画面を覗き込んでみた。すると、

「見・ら・れ・ちゃ・っ・た・ね」

という文字が、自動的にタイプされた。

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