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「ラーメン屋」

3講目が突然休講になったので、ボクは遅めの昼食をとるために、行きつけのラーメン屋に向かった。

普段この店には、飲んだ後など、どちらかというと夜にしか来ないので、いつもはサラリーマンや学生達でごった返している。しかし、その日ボクがその店に入ると、平日の昼間ということもあり、ボク以外の客は一人もいなかった。

「並のネギ大、ニンニク入り」

ボクはいつものように入口でセルフサービスの水を汲み、店員に向かって「並」と「大」しかないメニューから「並」を指差し、4人掛けの席に着いた。いつもはカウンタに座るのだが、今日はボク以外に誰もいないので、店の中央にあるテーブルに座ったのである。

ボクはカバンからスポーツ新聞を取り出し、昨日久しぶりに勝った贔屓球団の記事を読みつつ、ラーメンが来るの待っていた。しかし、1人分の注文しかないはずなのに、ラーメンはなかなか来ない。こんなに暇だと、店員もかえってダレルのだろう。まあ、ボクにしても貰い物みたいな時間なので、そんなに慌てる必要もない。

すると、明らかに学生と思われる男女6、7人が、かなり大きな声で談笑しながら店に入ってきた。すいているとはいえ、もともと小さい店なので、その一団が入ってくると、店はたちまち狭く感じられた。そして、店の中央に座っていたボクは、勢い、その集団に囲まれる形になった。

やっとラーメンが来たので食べ始めたボクは、なんか変な違和感を感じていた。 それは、「ネギ大、ニンニク入り」を頼んだのにも関わらず、普通のラーメンが来たからではない。その事に文句を言う気も失せるほど、ボクはあることに気を取られていた。それは、ボクを囲む集団の言葉である。

「@@@@@、@@@、@」
「@@、@@?@@@@。@@@@!!」

中国語だろうか、韓国語だろうか。全く聞いたことのない言葉だった。見た目が全く日本人だったので気が付かなかったが、どうやら、留学生の集団だったらしい。

「@@@、@@。@@@、@@@@@」
「@@!!@@@?」
「@@」
「!!!!!」

みんな楽しそうに笑っている。しかし、当然のことながら、その内容は全く分からない。

自分以外の人間が、全員、自分の知らない言葉をしゃべっているというのは、全く変な気分である。日本にいるはずなのに、いきなり外国に放り出されたような疎外感を感じる。大袈裟にいえば、「世界」から切り離された感じだ。

そこでボクはあることを思い出していた。

実家に帰省した際、関西弁をしゃべるボクを見て、地元の友達達は、「まるでお前じゃないみたいだ」と言う。また逆に、うちの寮にいるアメリカからの留学生がたまに英語を使うと、全く別人のように感じてしまう。言葉って不思議だな、 と、全く知らない言語に囲まれながら、徐々に激しい孤独感に襲われ始めていたボクは、漠然とそんなことを考えていた。

相変わらず談笑は続いている。ラーメンを食べ終わったボクは、何となくその場に居づらい気分になり、カウンタにぴったりの料金を置くと、そそくさと店を出てきてしまった。

4講目までにはまだしばらく時間がある。不思議な体験をしたな、と思いつつ、ボクは時間をつぶすため、ラーメン屋の隣にある本屋に入った。

店に入って雑誌コーナーに行くと、今日発売予定の雑誌が置かれていない。ボクはカウンタの所にいってこう聞いた。

「『NUMBER』はまだ入ってませんか?」

するとそこに座っていたおばちゃんは、怪訝そうな顔をして、ボクの顔を見ながらこう言った。

「@@@@、@@@?」

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