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「質問」

「おっちゃん、ひま?」

久しぶりにおばぁちゃん家に来たが、する事もなくゴロゴロしていると、小学四年生になる甥っ子のケンが部屋に入ってきた。

「ああ、いいよ」
「あのね、黒人とか白人とかいるでしょ。同じ人間なのに、何であんなに僕らと違うの?」

この子はまだ小さいのに、いや小さいからこそ、本当にいろんな事に興味を持っている。そんなところが大好きだ。

「それはおっちゃんにも分からないなあ。けどね、ちょっと難しくなるけど、『種』のレベルで見ると、 どちらも違いはないんだよ」
「『種』?」
「学名って聞いたことあるかな。昔、リンネっていう人が、動物の分類法として考えたんだけど、全ての動物を『属名』と『種名』の二つで分けたんだ。『名字』と『名前』みたいなものかな。で、人間の『属名』は『ホモ』、『種名』は『サピエンス』。今いる人間は、みんな『ホモ・サピエンス』という、同じ『種』なんだよ」
「え~、うそ~」
「『人種』っていい方があるけど、人間の場合、違う『人種』のおとうさんとおかあさんの間にも、子どもっているでしょ。これが大切で、普通、違う『種』の間で赤ちゃんが生まれることはないんだ。おっちゃんなんかには全然見分けがつかないけど、そこら辺にいるハシブトガラスとハシボソガラスの間ですらね。確かにマガモとオナガモの間なんかには赤ちゃんができるけど、これを人間に置き換えると、日本人とアメリカ人の間で赤ちゃんができた訳ではなくて、実は人間とオラウータンの間に子どもができたのと同じなんだ。そのくらい、『種』っていうのは違うものなんだ。で、今の人間は、みんなひとつの種なんだよ」
「あんなに違うのに?」
「昔、人種差別がひどかった時代には、いわゆる白人の科学者達は、黒人は自分たちよりも劣った別の『種』だと主張していたんだ。けど、研究が進んでくると、どうもそうではないらしい。そこで、『種』よりも下の『亜種』のレベルでは違う、と言い替えたんだけど、それも今では否定されている。今では人種による見かけの違いは、単なる『地域差』という事になってるんだ」
「人間には、同じ「属」の中に、別の『種』はいないの?」
「今はね。昔は同じホモサピエンス属の中に『ホモサピエンス・ネアンデルターレンシス』という別の『種』もいたんだ。いわゆる、ネアンデルタール人だね。この人達がなんでいなくなっちゃったのかは未だに謎で、ホモ・サピエンスに滅ぼされたという『絶滅説』、双方の間で混血が進んで吸収されたという『混血説』、今の人間たちのの進化的な前段階だとする『段階説』なんかがあって、はっきりとは分かってないんだ」
「ふ~ん」
「ただ、もしかしたら、今でもどこかにその人達が生きてるかもしれないという事は、ずっと前から言われていて、例えば、『雪男』がそうじゃないかって言われてるよ。『ネアンデルタール』とか『アウストラロピテクス』なんていう小説も出てるし」
「じゃあ、ネアン何とかが僕らに混ざっちゃったんなら、僕らの中から別の『種』が分かれていくこともあるの?」
「そうだね。進化を見てみると、共通の祖先からどんどん別の『種』が分かれていくんだ。人間とサルなんかもそうなわけだから、充分考えられるよ」
「ふ~ん、おっちゃん、ありがとう」

ケンが部屋に戻ったので、ボクはテレビのスイッチを入れた。

丁度ニュースの時間で、今日も小学生の女の子が通り魔に襲われ、男子中学生がクラスの女の子を包丁で刺したという事件をやっていた。昨日は同じく中学生が、学校で女性教諭をナイフでめった刺しにしたという事件をやっていたばかりである。

まったく、一体どうなっているんだ。最近、この手のニュースばかりである。というか、あまりにも多すぎる。

ボクはタバコに火をつけ、ゆっくり煙を吐き出してから、誰に言うともなしにつぶやいた。

「こいつら、同じ人間とは思えないな」

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