見出し画像

儒学と僕①


近況


ながらくnoteの記事を書いていませんでした。本当は、書く時間はあったのでしょうけど、何分複数の作業を同時にこなせない不器用な僕のことですから、どうしてもこちらがなおざりになってしまいました。どうかお許しください。
 では、僕はいったいなにに時間を取られていたのかというと、大学における自分の研究と、大学院の試験の準備です。
 とはいえ、「試験」といっても僕の場合は面接だけでしたので、大学入試のように英語を一生懸命勉強したり、ということはありませんでした。(しかし、他の院試で英語が課されるところは多い)ながらく「受験勉強」のような勉強をしていない僕にとってはこれは幸いなことです。しかし当然、何も勉強しなくていい、というわけにはいきません。「研究計画書」なるものをあらかじめ提出する必要があるので、自分がどういう研究をしたいのか、その分野でこれまでどういう研究がされてきたか(いはゆる先行研究)を調べなくてはなりません。そして当然、本番はそれを言えるようにする必要があるのです。これらはなかなか骨の折れることですが、自分が興味ある分野でやっていることなので、好きでもない教科をやらなくてはいけない大学入試よりは気持ちが楽でした。

僕と『論語』との出会い


 自分の専門分野は機会があれば詳しく書きたいですが、僕は日本史、その中でも江戸時代を専門にしていて、江戸時代後期の儒学(特に朱子学)と幕府の政治とのかかわりを調べています。なぜ儒学か、と思うかもしれませんが、すべての始まりは大学1年生の時に一般教養のなかで「論語入門」という授業をとったのがきっかけです。これをとったのも、「思索と言語」という枠の授業をなにか取らなくてはだめで、そのなかで一番とりやすかったからだと思います。高校時代から倫理は好きでしたので、『論語』の内容が少しは気になっていました。しかし僕は、儒学は過去の遺物だと思っていました。
 しかし、実際『論語』を読み進めて感じたのは、『論語』は一つの章が短く、フレーズも覚えやすい。なのに、人によっていろいろな解釈をする余地があるということ。解釈が大きく割れているフレーズもあります。人によっては、読む年齢によって解釈が変わってくるという人もいます。そして、僕が感じたのは、「論語って全然過去の遺物なんかじゃない。むしろ、時代が変わっても人を時には律し、時に励ますものだ」との確信にいたりました。
 みなさんも、「学びて時にこれを習う。またまた説(よろこ)ばしからずや」といったフレーズは聞いたことはあると思いますが、ここで『論語』の中から僕が特に好きな章を紹介します。

「司馬牛(しばきゅう。孔子の門人)、憂えて曰わく、人皆兄弟(けいてい、と読む)あり、我れ独(ひと)り亡(な)し。子夏(同じく孔子の門人)が曰わく、商(子夏はあざな、つまり他人からの呼称であり、彼の名は商、つまりここでは「私は」という意味に等しい)これを聞く、死生 命あり、富貴 天に在り。君子は敬して失なく、人と恭しくして礼あらば、四海の内は皆兄弟たり。君子何ぞ兄弟なきを患(うれ)えんや」
(『論語』顔淵編第五章)

孔子の門人の一人、司馬牛という人が嘆き悲しんで言いました。
「みなには兄弟がいるのに、自分だけいない(注 実際には司馬牛には兄がいました。しかし、その兄は荒くれ者だったので、心を許せる兄弟がいない、ということでしょう)」
それを聞いた子夏が言います
「生きるも死ぬも、富がどれだけあるか、自分が尊い身分かどうかも天からの定めがある。だから、あなたの兄弟事情は仕方がない。それでも、君子(優れた人格者)は人と接するときは慎んで落ち度がないようにし、相手にていねいに接し、礼を守ってゆけば、世界中の人と兄弟同然の関係になれる。君子は、どうして実の兄弟がいないことを嘆き悲しむ必要があろうか」

司馬牛に重なる僕

 みなさんは、上記の章を読んで何を感じたでしょうか。僕は、この章を最初に知って以来ずっと記憶に残っています。それは、まずは自分が一人っ子だからじゃないか、と思っています。
 僕の母は、二人目の子がほしかったようですが、僕を生むときに出血が多く、まさに生命の危機を乗り越えての出産だったようです。そして、二人目の出産は諦めたのだそうです。母は小学生の僕に、「兄弟がいない分、友達を大事にして、こまった時に助けてもらえるような人になってほしい」と言いました。それがおそらく記憶に刻まれていて、この司馬牛の話を知ったときに思い出したのでしょう。
 僕は一人っ子であること自体は何も悪いことではないと思っています。兄弟とて、全員が仲がいいなんてことはあり得ない。それに、司馬牛の場合と違い、今は僕の周りにも一人っ子は複数いますので。しかし、仲の良い兄弟を見たり、そういう話を聞くと羨ましく思うのも事実です。また、家にいて「同世代の話ができる人がいればなあ」と思うこともあります
 しかし、僕にとって兄弟がいるかどうかよりも大きな問題だったのは親戚の問題です。僕は両親とは何の問題もありませんが、小学校低学年のころから、母方の親戚と父方の親戚の争いに巻き込まれてきました。どうして両者が争っていたのか、子どもの僕にはさっぱりわかりませんでした。両親は一年数か月ほど別居し、その間僕は母と共に、母方の祖父母の家で暮らしました。祖父母は僕をしっかり育ててくれ、そこは感謝しているのですが、母と祖父母は毎日のように喧嘩をしていました。それをそばで聞くのは、辛いものがあります。加えて、本当は父方の親戚のもとへ遊びに行きたくても、それもなかなか叶わず、不自由を感じたものです。
 そこで僕は、「親戚同士仲良く、自由がある環境がよかった」としばしば思ったものです。しかし、これは子夏が言うように、「天の定め」、つまり自分の努力と関係なく定まってしまったもの。いくら嘆いても、違う環境にもう一回生まれ直すなどということはできない。
 しかし僕は、高校生のころに、こういった身内の話を話せるくらい関係が深い友達ができましたし、大学に行き、そういう関係は増えました。そうした流れの中でこの『論語』の言葉に出会い、今では「生まれた環境に不満を言うのではなく、自分から新しい環境・よい人間関係を作りにいけばいいんだ。そして、一つでもいいから、兄弟同然の深い関係があればいい」と思えるようになりました。
 誰でも、程度の差こそあれ、自分がおかれた環境を嘆いてしまうことがあると思います。そんなとき、『論語』のこの言葉を思い出し、どんな環境に置かれても、自分の行動は変えられるということを忘れないでほしいです。
 
 なお、僕は儒学から学べるところは取り入れようとは思いますが、けっして儒学の「信奉者」ではないことをことわっておきます。というのは、この記事で取り上げた部分にも関係しますが、僕は親族関係を特に重視していません。これは儒学本来の考えとはずれていると思います。本来の儒学では「親孝行」を絶対視しますので。しかし僕は、やはり身内のいざこざを見てきたからなのかもしれませんが、どうしても「親戚」というだけでその関係を特別視することはできません。血がつながっているいないにかかわらず、自分の気持ちを包み隠さず言える関係が一つでもあればいいと思っています。そして、自分を大事にしてくれる人がいるならその関係を大事にしてさらに深め、そういう人が現状でいなければこちらから相手を尊重し敬意を示す。それを時間をかけて積み重ねれば、もはや自分が生まれた環境など関係ないと思います。

どうか、自分が生まれた環境・今の不遇に束縛されず、自分からよい環境、よい人間関係を構築して幸せを得ていきましょう。世界には数えきれないほどの人間がいますから、一つくらい兄弟同然の関係は築けるでしょう。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?