循環
(あなたから流れ落ちる滴、血、肉、森、名も知らぬ小さな鳥、黒い猫、私の輪郭、それからありとあらゆる透明な沸き立つ生命の沸騰にサヨナラ。ありとあらゆる結合の、繋ぎ目
から滲む生温い膿にサヨナラ。)
閃光のような言葉がとある瞬間、じりじりとした熱を含んだ砂浜を歩く少年の鼓膜で弾け飛んだ。
それは彼が産まれた時から知っていた音か、或いは突発的に湧き出した泉のような意識の欠片なのかもしれなかった。
言葉に導かれるように、彼は服を一枚一枚脱ぎ捨てて、その瑞々しい生命そのもののような肉体を海に沈めた。
彼がふいに水中で目を開くと、表情の読めない女が一人、黒い瞳をぬめらせて漂っていた。
そして最早海の冷たさや温かさと一体化した彼の手を、女は力を込めて握った。
彼は驚愕を口から水泡と共にこぽりと吐き出し、彼女の絡みつく指の感触をふりほどき、水面から顔を出し、浅い呼吸を繰り返す。
入り交じった海水と汗が彼の額を光らせる。
少年の手に絡みついていた女の手は海中でバラバラに崩れその断片もまた水面に浮かぶ。
それらは一つ一つが赤い唇になり、少年の前で横に広がり、各々が笑顔を作り、甲高い笑い声を上げた。
少年は小さな悲鳴を上げて目から大粒の涙を溢す。
赤い唇は赤くぬめった舌をちろりと出して少年の塩辛い生命の源を舐め取る。
唇は全ての涙を吸い尽くすとどんどん輪郭が曖昧にぼやけ、波間に消えた。
混濁する意識の中、少年は自分が溶けていき海と一体化するような奇妙な心地よさを感じていた。
分裂した唇達の笑い声は彼の中で延々と鳴り響き、止むことは無かった。
しかし苦痛は感じなかった。
少年の魂はもはやじゃらつく灰色の小石をぶつけられても揺らめくことも無いのだった。
彼の涙、その悲哀、全ての感情は常に地面を這う赤い唇が舐め取り、吸い取っていくようになった。
そうして彼の魂は歳を重ねていった。
薄く乾いた寝具の上で死を迎える瞬間、少年の内部で再度この言葉が木霊した。
(あなたから流れ落ちる滴、血、肉、森、名も知らぬ小さな鳥、黒い猫、私の輪郭、それからありとあらゆる透明な沸き立つ生命の沸騰にサヨナラ。ありとあらゆる結合の、繋ぎ目
から滲む生温い膿にサヨナラ。)
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