プレゼンテーション1

Instagramの隆盛は写生文の敗北なのか

東大文学部・国文学専修3年生として、12月1日から始まった「国文Advent Calender」という企画にこの記事を寄せます。せっかく学科の人間で文章をつないでいこうとのことなので前置きもそこそこに、好き勝手やらせていただきます。いくぞ。

1.写真と文芸

 テクノロジーは文化を変え、文化はテクノロジーを創造する。インターネット全盛の2019年、この二つが密接に絡み合っていることはことさら強調するまでもないだろうが、明治時代にあってもそれは例外ではなかった。

 江戸時代末期、人間の知覚したありのままの姿を、あたかも精緻な絵のごとく写し取れるテクノロジーが日本に流入したのだ。言うまでもなく「写真」である。

 坂本龍馬の有名な立ち姿の写真は、西洋由来の「写真」なる先駆的なツールにも臆さず触れた開明性を示すものとしてしばしば言及される。近世から近代への節目を生きる日本人にとって、写真の存在が大きな衝撃であったことは間違いなく、文芸においても急激なパラダイムシフトの発生は免れなかった。

 大ざっぱに言えば、「文章が写真に対抗するにはどうしたら良いか?」と考えたのである。そしてそうした試行錯誤の中心にいたのが「近代小説」の黎明期を担った坪内逍遥らであり、「写生文」を唱えたとされる正岡子規や夏目漱石であった。

 以下、「写真」の影響を色濃く受けている近代小説の実例を確認した上で、現代における「文章」と「写真」との関係性にまで視覚を広げてみたい。なお、論のベースとなる発想は石原千秋『近代という教養』に多く依っている。

2.『当世書生気質』の「模写」

 坪内逍遥は『小説神髄』において、旧来の江戸的な「勧善懲悪」の枠組を抜け出して「人情」「世態風俗」をありのままに書くことこそが小説の主眼であると唱えた。ここでの「人情」という言葉はほとんど「内面」と同義であると捉えてよい。

 その逍遥の実作である『当世書生気質』の「はしがき」には、こうある。

ただし全篇の趣向の如きは、おさおさ傍観の心得にて写真を旨としてものせしから、勧懲主眼の方々にはあるひはお気に入らざるべし。

 見ての通り、まさしく「写真」というワードが象徴的に用いられているのだ。『当世書生気質』は、『小説神髄』の高尚な理論を実践しきれなかった作であると逍遥本人も認めているが、近代小説がこのような「模写」の意識から始まっていることはきわめて重要である。

 やがて日本では自然主義が台頭し、「私小説」なる言葉が生まれていくわけだが、それらに通底する要素のひとつとして私たちは「写真」を見ることができる。

3.写生文としての『草枕』

 漱石の『草枕』の語り手である主人公は、「非人情」という耳慣れぬスタンスを取ってテクストを構成していく。

 「苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたり」といった「世間的の人情」から距離を置き、あくまで客観的に描写をする。誰かと会っても「画の前へ立って、画中の人物が画面の中をあちらこちらと騒ぎ廻るのを見る」ように接することで、世のわずらいから脱しようというのだ。

 結局この「非人情」が成功しているかどうかはさておき、第一章にこんな一節がある。

只おのが住む世を、かく観じ得て、霊台方寸のカメラに澆季溷濁(ぎょうきこんだく)の俗界を清くうららかに収め得れば足る。

 ここで語り手の視点は「カメラ」にたとえられる。『草枕』といえば、「小説とは物語を順に追っていくものである」というような今日の常識をも脱却させうる方法意識に満ちた小説として評価されることが多いが、それはまさにメディアとしての「写真」を体現することにもつながっていた。

 一枚一枚の「写真」自体には「物語」はなく、ただ撮影の瞬間を切り取ったものに過ぎない。しかしそれを連続的な時間の流れの中に配置し直し、捉え直すことで総体としての「物語」が立ち上がっていく。

 写真とは、ストーリーがほぼ存在しない小説である『草枕』と大いに響き合う装置なのだ。

4.Instagramにおける文

 以上、かなり簡単ではあったが、明治時代に始まった「写真」の衝撃が日本の「文章」に影響を与えたことを見てきた。より詳しくは前掲『近代という教養』第六章を参照されたい。

 ここで現代にまで振り子を戻そう。

 山田俊治の言葉を借りれば、「視覚優位のピクチュアレスクな感性」が支配的な位置を占めた明治時代から100年余り、果たして「文章」は「写真」に対し拮抗することができたのだろうか

 答えは否である。インターネットによるリアルタイムな情報共有が普遍化した今、「視覚優位」はいっそう強まっていよう。それが顕著に表れているのがInstagramというツールだ。

 Instagramの特徴としてとりわけ重要なのは、通常の投稿に限って言えば「文章のみの投稿はできない」点である。つまり写真がなければ文章を書くことができない点で、TwitterやFacebookとは一線を画する。

 百の「写生文」よりも一枚の写真。「実在するものはすべて目に映る」、ゆえに「写真こそが〈真〉である」という近代的イデオロギーを前景化させる装置こそがInstagramなのではないだろうか。

 ここで私は、何も写真が悪いと言いたいのではない。私自身は写真が好きだし、情報の強度を考えれば「文」よりも「写真」を享受し、ハッシュタグで広範なネットワーク伝いに追いかけたほうが効率的なのは確かである。

 ただし写真の優位が盤石化し、「文」が消えていくとすれば、そこには一石を投じたい。そうした構造を内面化した世代によって今後「文」の力はますます軽視されるであろうことも想像している。

 また、Instagramの動画投稿機能である「ストーリー」においては、たとえば真っ暗な背景に色文字がついただけのような投稿を目にすることが増えた。「視覚優位」の感性を揺さぶりうるカウンターとしての「ストーリー」の動向に引き続き注目していきたい。(個人的には全く好かない機能だが、それについては日を改めて論じる。)

5.私的Instagram論

 Instagramはなぜこれほど流行しているのか。レフ・マノヴィッチは「予測可能性」という観点からその性質を論じている。Instagramは「予測可能性が高い」メディアなのだ。

私たちの研究を要約すれば、私たちはまず、写真を撮り、編集して配布し、フォローしている人が投稿した写真や他の写真を見つけたり、それらにコメントしたりするという、インスタグラムのプラットフォームが持つ一貫性と論理的な単純性に驚嘆することから出発した。

 このあとの展開を乱暴にまとめるならば、一般的なInstagramの用法としては「その投稿がより類型的である」ことが良しとされる、という仮説をマノヴィッチは唱えている。これはユーザーの精神性以前におそらくツールの構造上の問題であるが、かなり当たっているように思える。筒井淳也も「写真をとりまく環境や振る舞いに斉一性がある」としてマノヴィッチの説を支持する。

 実際、ハッシュタグの付いた投稿を一挙に閲覧してみると「Instagramらしさ」をきっちり備えた投稿が多いことに驚く。世界観に溶け込んでいるのだ。特定の文化圏におけるコード(=規範)を読んでは見事に適応していく若者の力をまざまざと見せつけられ、感心する。

 一方で、Instagramという巨大な物語の中に自らを安定的に配置していく運動への抵抗感を覚えずにはいられない。

 個人的な話になるが、私は自分が投稿をするときには大抵何らかの「ノイズ」を仕込むようにしている。それは明らかに「インスタ映え」しない題材を画面に収めることであり、奇態なハッシュタグを紛れ込ませることであり、なんであれ既存の枠組から逃れようとする意識の在り方そのものである。

 私の敬愛するいとうせいこう・奥泉光両氏は、「小説とはなにか」という話題の中で、小説を「コードに従わざるをえない状況でありながらも、コードをはずしうる方向性を求めていく運動」であると定義している。すなわち、誰もが共有するコードによって現前するテクストでありつつも、やがてはそのコード自体を疑いうる契機をもたらすもの、と言えるだろうか。こうした文学観が、私自分のInstagramへの懐疑を強めているのは間違いない。

 明治時代、写真の衝撃に対応して現れた「模写」及び「写生文」といった方法は、確かに100年越しで今なお写真に敗北しているかもしれない。だが、それは直ちに「文」の死を意味しないのである。

 近代文学の黎明の鐘を鳴らした逍遥や、絶筆『明暗』に至るまで文学の「形式」を疑い続けた漱石のように、創造的なノイズを絶えず生み出していく権利と義務がいま私たちの手の中にある。


参考文献
・夏目漱石『草枕』新潮社、1950
・坪内逍遥『当世書生気質』岩波書店、1937
・石原千秋『近代という教養』筑摩書房、2013
・石原千秋『漱石と日本の近代(上)』新潮社、2017
・山田俊治「視覚の制度化(Ⅰ)・『小説神髄』の受容——近代文学成立期の〈写真〉をめぐって」(早稲田実業学校『研究紀要』第22号、1988・3)
・いとうせいこう・奥泉光『小説の聖典 漫談で読む文学入門』河出書房新社、2012
・レフ・マノヴィッチ著、久保田晃弘・きりとりめでる編集・翻訳『インスタグラムと現代視覚文化論 レフ・マノヴィッチのカルチュラル・アナリティクスをめぐって』ビー・エヌ・エヌ新社、2018

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