父親を看取ったら死への恐れはなくなった
お久しぶりです。
父親は8月20日に自宅で天寿を全うしました。老衰でした。父親の願い通り家から旅立てて安堵しています。最後はすーっと穏やかに息を引き取ったのがなによりでした。
もし今「自宅で看取りをしたいけどできるんだろうか」と不安になっている方の参考になればと書いてみます。
最後の3週間
いよいよ食べられなくなりました。父親の場合はアイスクリーム、ゼリー、コーンスープのどれかを食事のたびに2口だけ。好きだったチョコレートやサイダーもまずく感じて口にできなくなりました。あの世への準備をしているようでした。
週に2回ずつ点滴をしていましたが、亡くなる1週間前から注射の針が入らなくなり体が受け付けない状態に。
往診の先生やケアマネさんに「このまま本人の願い通りに家で静かに看取りたい」とお伝えして理解してもらいました。先生から「何かあったら夜中でもいいので連絡をください」との言葉は心強かったです。
もしも苦しんだらどうしよう
とはいうものの、「もしも父親が突然ひどく苦しみだしたら対応できるのか」と不安になり、看取りの本を購入したり図書館で借りたりして勉強しました。本によると、人間は食べられなくなると苦しまずに自然に最後を迎えられるとのこと。
数冊読んで同じようなことが書いてあるので「うろたえないように対処しよう。なんとかなる」と決心。母親は夜寝たまま逝ってしまったため、できたら父親の最後は見届けたいなと最後の3週間はなるべく目を離さないようにしました。
8月に入ってからはほとんど寝ていましたがたびたび目を開けて、自分の部屋、裏庭、ネコ、私の顔を見ては見慣れた光景に安心していたようです。それともまだこの世にいるのかと確認していたのかな。
旅立ち
最後はスーハースーハーとゆっくり息をしていて突然止まりました。「お父さん」と呼びかけて腕に触ったら、みるみる冷たくなりました。
今年の3月にネコが一匹亡くなっており、脳の血管が切れての突然のできごとでした。そのネコはふっくらしていたためかなり時間がたっても体が暖かく、亡くなったという実感が湧かなかったんです。
それに比べると父親はあっという間に冷たくなっていったので、本当に天寿を全うしたんだなと感じました。7月最初の体重は33kg。お骨になったときにはとても軽かったです。
最後の2週間ほどは声が出なくなり、ケアマネさんや看護師さんの問いかけにジェスチャーで答えていました。看取りの本によると最後は声が出なくなるとあったのでいよいよかと覚悟しました。
願いは叶う
何はともあれ、「最後まで自宅で過ごしたい」という本人の願いを叶えられてホッとしています。住み慣れた家やなじんだ外の景色を見て安心していたんでしょう。
両親2人の介護はストレスも多かったです。でも私はわがままで反抗期もひどかったので、せめて最後ぐらいは親孝行のつもりでした。両親ともに家から旅立ったことで、私も家で最後まで過ごせるかもしれないとも感じています。
私の場合はひとり暮らしで看取りをしてくれる身内はいないため、ヘルパーさんか家事代行さんを雇うことになるでしょう。でも、自宅で逝きたいと思えばなんとかなるかもと分かったことは大きな収穫でした。
今さらですが、人はいつかは死ぬんだなあと実感しました。大切な人に会うときはこれで最後かもと心で思いながら、なるべく笑うようにします。
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