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I Recall, Therefore, I Am

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山あり谷ありの海外生活。今思えば毎日が自分を作る・伸ばすチャンスの場でした。チャンスをつかんだこともあれば、逃したこともある。そして今振り返ってやっと”あれがチャンスだったんだ”…
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2020年11月の記事一覧

宮崎・已己已己 パン屋と教師

日本にいない私にとって最高の旅先は日本。 昨年は一緒に育つことはなかったけれどSNSでなんとか繋がっている弟に会いに宮崎に向かった。 二人で神社を散策し、夜は何を食べようかと考えた時にふと思ったのは “弟は何が好きなのかな?” 私は彼の好物さえ知らない。彼も同じだろう、私のことは知らない。 神社から海岸の波状岩までの二分、真剣に思う。弟なのに容姿以外に似ている所はあるのだろうか?  優しいと厳しい 動くのと動かないの 人気者と人見知り 情に厚いと猜疑の塊 彼の馴染

His name is Prince, the One and Only:小さい大きな思い出

プリンスと聞いてまず誰が思い浮かびますか? 英国のプリンスチャールズ、ディズニーのプリンスチャーミング、星の王子様のリトルプリンス。アル中さんは高見沢さんが永遠のプリンスですよね。 そしてミュージシャン、Prince Roger Nelson その多彩な音楽・エンターテインメント性で”プリンス”というジャンルを確立し、ありとあらゆる試みの先頭を切り常に第一線にいたのはまさに王子の貫禄でした。 たまに出るテレビではそのシャイな一面やジョークいっぱいの話しぶりが人間味に溢れ

メキシコでマシンガンを抱えた男たちに取り囲まれた話

大学時代、コロラド州に住んでいたときに何を思い立ったかメキシコのチワワ州までドライブしたことがあります。 自宅にネットもなければ携帯電話もない90年代の中頃に何を考えていたんでしょうかね。 友人には散々に 危ない、騙される、誘拐される、殺される、と心配されていたのですが若かったので考えなしに車に一週間分ほどの荷物を放り込んで出発してしまいました。今ならメキシコ、特に国境近くの治安を考えれば絶対にやらないと思いますが、当時はそこまで怖くはなかったのでしょう、行って帰ってきたんで

”白痴”と呼ばれていた自分

アメリカを出て、全く興味のなかった中国に引っ越したのは色々と疲れていたからでしょう。でなければ、それまでに溜まりに溜まった荷物を処分して、飼っていたチワワ2匹を前のボーイフレンドに泣く泣く預け、車を売って、出て行く理由はありませんでした。博士課程に進み2年経った頃でしたが、もう本を読むのも論文を書くのも、人と話すのも嫌で嫌で、今から思えばまさしくburn out (燃え尽き)だったのだと思います。環境を変えるのはその時の自分にとっては唯一の手段だと一杯一杯の頭で決断したのでし

私が出会った自由すぎた英語名リスト

私が現在勤務している高校にも世界中から留学生が来ていますが、英語名がある生徒も多数います。中国・台湾・香港・韓国・東南アジアの中華系の生徒はほぼ100%英語名を持っておりお互いも本名ではなく Eric やら Cindyやらと呼び合っています。ただ発音・読みはお互いの場合は中国語風(Eric の場合は エリッカゥのような音)です。日本人はあまり英語名をつける人はいませんよね。なんとなくはずかしいからでしょうか。 私が中国の大学で英語を教えていた時もほとんどの生徒が英語名を使っ