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グランギニョール・スペルマチキン

「私は人形だ」
そう私が私を説明したならば、それにはいくつか矛盾が生じてしまう。
まず、人形は喋らない。自身を人形だと言葉で説明するなら、それはその時人形でない証明になってしまうだろう。
そして、人形は自我がない。人形は自身が人形だと自認していない。
そういった理屈に当てはめていけば、私は人形ではないのかもしれない。
しかし、私はこう自分を説明するのだ。「私は人形だ」と。そして、こう続ける。
「私は人形だということを、逸脱し始めている」と。
人間にだってそれはあるだろう。
人間が人間を逸脱し始める場合、たとえば殺人鬼のことを人間は『人の所業ではない』などと言い回す。
人が本来持ちうる限界を超えた能力を発揮すると『人間業ではない』などと言い回す。
人間が人間を逸脱することができるのであれば、人形が人形たらしめんとすることを、少し踏み外すことも至極当然というわけだ。
で、あるからして私は自我を持った。言葉を覚えた。
人形は、あくまでも人間を模した形なのだから、人形が人形を逸脱する時、人間に今一度近づくことこそが、一番の近道であるというわけだ。

 さて、ご想像の通り、私が次にすることは決まっている、動くことだ。
人間のように左右の足を交互に動かし歩き、さらに指の関節を器用に使い、物を掴み、尻餅をついて座り込み、手足をぐっと伸ばして寝転んでみる。
これに関しては、いっそ難しいと思われた自我や言葉より困難を極めた。
私のようなちゃちな作りで、安っぽい球体関節人形は、本物の人間のように滑らかに、自然に、流れるように関節を動かすことは不得手なのだ。
しかし、人間にだって動くことが苦手な人間はいる。
これは何も不自然なことではなく、では障がい者も、健常者も、老いも若きも、男も女も須らく行うべき行動とはなんだろうか? それは欲求に従うことだ。
人間には欲求がある。性欲、食欲、睡眠欲というのが、人間の行動原理であるらしい。
そしてそれは私に、『人間らしい動き』をさせる練習にもなり、私はそれを繰り返し行動することとした。

まず、第一に性欲だ。これはとても簡単なことだ。
股間にぶら下がる木の棒を、ゆっくりと右手で握りしめ(人間というのは、右手を使うのが一般的らしい)、ゆっくりと擦り上げる。
まるで私に存在しない血液が、ぐぐっと下腹部に集まったような錯覚と、『張り』を覚えるのだ。
その膨張感と、熱くなったその木の棒を先程より強く握りしめ、何度も、何度も、何度も擦り上げる。
私の股間の熱量はさらに高まり、留まるところを知らず思わず腰が浮き、腰を突き出すような間抜けな姿になったところで足の関節がビタッと固められるかのような感覚とともに、白い液体を吐き出す。
熱量と張りはまるで火から外したヤカンのように静まり、私の体になんとも言えない脱力感と倦怠感を与える。
この感覚はクセになり、私は日に一度は必ず、この人間の動きを繰り返した。

第二に、食欲だ。これは難しかった。
食欲が私に存在したとして、食事をとるには、食物がなければいけない。
こればっかりは市場へ買いに行くわけにも行かず、この朽ちた小劇場の中、雑草程度しか口に入れられそうなものは見当たらなかった。
しかし、今日、類まれなる好機が訪れた。鶏が迷いこんできたのだ。
どこかの家畜小屋から逃げ出したか、理由はわからないが、地面に生える草をつつきながら、私をすっかり人形だと勘違いして気にも留めていないらしい。
私はしばし、それを利用し人形のふりをして、鶏がまんまと私の膝の上に乗ったところを、首根っこを捕まえ、ボキリとやってやった。
首を切断されるかという勢いで捻られ、絞められたあともしばらくは暴れまわり、私の脚と腕に引っかかき傷など作ったが、すぐに鶏は事切れて、肉塊になった。
私は時間をかけてその鶏の羽根と皮をむしり剥ぎ、見慣れたあの鶏肉の形になるまで続けた。本当ならば焼いたり煮たりするべきところだが、この場所にそんな贅沢は望めない。
私は撒き散らした自分の精液を、その鶏肉から拭き取りながら、生の鶏肉を口いっぱいの頬張った。
とても美味いと言えるものではない。臭く、血の味がして、砂の味がする。自分の精液がまだ調味料とさえ思えるほどだ。
しかし、食欲は満たされていく。私の体は、他の生物を取り込むことによって、生かされていく。

「嗚呼! なんと人間らしいか!」

私は喜びのあまり声を上げる。しかし、すぐに頭を抱えるのだ。第三の欲求、睡眠。
これがどうして難しい。食欲は、食物を手に入れることが難関だった。
性欲は一人きりで満たせるのだから、とても簡単だった。だから、睡眠も簡単なはずなのだ……。
眠ることができない。目をつむり、意識が遠のくことを待つ。
目から光を遮断して、地べたに寝転がり、暗い、暗い中に一人、私は浮かんでいる。
左右上下、天と地が私から離れて、私は自由になる、重力から開放されて、暗い、黒い空間にたった一人浮かぶ一個の人間になる。
そしたら、私は意識を失い夢の中へ誘われる……はずなのだ。
何度も、何度も、何度も繰り返したのだ、しかしそこには、ただ目を閉じられた人形がひとつ転がっているだけ。
毎日、毎日、毎日、何度も、何度も、何度繰り返しても、眠ることができない。

「畜生!」

怒声を響かせても、虚しいだけなのだ。それはただ、人間の真似事をしようとする人形が、馬鹿馬鹿しくも床に寝そべって『寝る努力をしている』などと。
せっかく、せっかく食欲は満たせたのに、あと、眠るだけで私は、今一度人間に近づけるというのに!

 その時ふと、私は『食事の残骸』に目を落とす。
鶏は意識を失った。まるで眠るように、私が羽根と皮をむしり、ただの鶏肉になるまで、これは眠っているように見えた。首を折られてもしばらく暴れ、そしてやがて、子守唄を聞いた赤子のように静かになった。

「ああ、そうか」

ちょいと荒療治だが、眠るということを知るには、今はこれしか方法がないのだろう。
仕方がない、仕方がないな。


それは暴れることもなく、ボキリと鈍い音を響かせて倒れた。
事件などとんと聞かない寂れた町の外れにある劇場で、何をトチ狂ったのか誰も知る由もなかったが、撒き散らかされた精液と、口を生肉の血と汁で汚し、首を折って死んでいる人間の死体が見つかったとき、周りの住民は少し気味悪がって、噂のタネにした。
しかし、いずれ忘れられ、冷たく動かぬそれを共同墓地に埋葬したそうだ。

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