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甲子園につれてって。

落語が好きだ。
「ゲージツカンショウなんて大層な場にアタシがお呼ばれしてバチ当たりませんかねぇ?選んで下すった担当の先生、許可して下すった校長先生…あなた方、今からここで何が起こっても知りませんよぅっ!?」

小学校の芸術鑑賞会で、初めて見た噺家がこう語り出した瞬間から落語が気になってしょうがない。図書館で「らくご絵本」を端から読み、NHKの「日本の話芸」を観て同じ話でも噺家によって魅力となる部分が違ってくるのに驚き、中学生になると噺家の高座姿に呼び起こされる情動が「萌え」である事に気づいた。

落語は好きだったけれど、やってみようという気には中々なれなかった。あんな高度な事真似してみたいと思うなんておこがましい。しかし、少しでも落語の世界に近づきたい。

私がとった行動は三味線を習うというものだった。落語には出囃子という噺家が登場する際にかかる曲がある。それを舞台袖で奏でているのが下座と呼ばれる奏者であり、主に三味線が使用されているのだ。噺家を陰ながら支えるそんな存在になりたい。南は女の子だから甲子園に行けないけど、タッちゃん、南を甲子園に連れて行って。自分が一番腹が立つ女の言動と同じ行いをしているのに私はこの時点で気づいていない。
近頃は童謡やクラシックを出囃子にする噺家も少なくないが、基本は長唄が出囃子によく選ばれている。よっしゃ長唄。習いたいと思い立ってから二ヶ月で私は長唄三味線を習い始めた。臆病なくせにチャレンジ精神だけは旺盛なのが私の特徴である。

三味線教室に集う生徒さんは年上の方が多かった。「歌舞伎が好きで」「日舞を習っていたので」と元々長唄に近しい趣味を持っている生徒の中で「落語が好きだから」と習い始めている人間は私以外にいない。聴きなれた現代曲や洋楽では想像できない節回しや旋律には慣れるまで苦労したけれど、時々(これは誰某師匠の出囃子!)という曲が巡ってくると俄然やる気が出た。

三味線を習って、本当に下座さんになりたいかと言われると返答に迷う。そりゃなれるものならなってみたい。なるための努力は本気でやりたい。しかし地方住まいで家庭持ちの私が東京で仕事出来るかと言えば不可能だ。一番叶いそうな(しかしそれでもだいぶ望みとして図々しい)ラインは地域の落語研究会の公演の下座さんをさせてもらうという所だと思う。

しかし、本当に一夜だけ願いが叶うなら、寄席で柳家喬太郎師匠の下座を一度でいいからやってみたい。出囃子のまかしょはめちゃくちゃ練習する。師匠の歩調に合わせてピッチの調整も忘れない。「野ざらし」をやるというなら、さいさい節もマスターしよう。一度でいいからあたしマサ(師匠の本名は正也)の南になりたい。実は自分の町に「さんま・玉緒のお年玉 あんたの夢を叶えたろかスペシャル」の撮影クルーがやって来る事があるならば、インタビューで答えてやろうと温めていたネタだった。クルーもなかなかこんな田舎までは来てくれないからここで言う。
私を一夜だけのシンデレラにしてくれまいか。南を寄席(こうしえん)に連れてって。

#もしも叶うなら

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