記憶に白い雲がかかった話

私はそれなりに記憶力が良かった

といっても勉強の暗記は苦手だ

そういったものではなく事象の記憶

「起こったこと」、「過去の記憶」、そういった事柄を鮮明に覚えていた

明確に記憶している私の最初の記憶は2歳だった

幼稚園に入る前に母と過ごした部屋の一角から私の記憶はスタートしている

そんなことよく覚えてたねと言われるぐらい私は私の周りで起きた事柄を覚えていた

大人になってから周りの人達と過去の話、学生時代や前の職場などの話になると「覚えていない」とよく言われた

それは言いたくない事柄が含まれていた程のいい断り文句のようなものだと思っていたので私は追及することはなかった

だが次第にいろんな人と話をするにつれてこの人たちは皆『本当に覚えていない』のだということに気づいた

その時の私には不思議な感覚だったが人それぞれの記憶量は違うしそんなものなのかと思っていた

そしてそこから数年の時が経ち、楽しいことがたくさんあり、悲しいことがたくさんあった

自分には抱えきれないほどの悲しみと苦しみ、日々に支障をきたすほどの感情が溢れた

正常に自分を保つために私は自身に『蓋』をした

自身の感情が麻痺した

まるで麻酔でも打たれたかのように、痛みにも喜びさえも鈍くなってしまった

【今、私は酷い言葉を浴びせられたのに苦しみを感じられない…】と違和感を感じながらもただ毎日を繰り返すしかなかった

そうやって繰り返し繰り返し苦しみに蓋をして自身の麻痺を放置して過ごしてくうちに私は過去の記憶に雲がかかった

今まで簡単に思いだしていた記憶が思い出せなくなった

同級生の名前も昔の職場の人の名前も

何が嬉しくて何が悲しかったのかもよくわからなくなった

実際に記憶が喪失されたわけではないのできっかけのようなものがあれば大体のことは思い出せるが常に私の記憶には白い雲のようなものが蓋をしている感覚だ

嫌な記憶や感情に蓋をしたはずが全ての記憶に感情に蓋がされた

私はその蓋を開ける方法を知らない

いつか自身と向き合い開けねばならぬ蓋であることを分かりながらも私はまだこの蓋を開け、受け止める勇気がない

その日はいつ来るかわからぬまま私の記憶は置き去りとなり今もまだ白い雲だけが宙を舞っている

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