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第三部 うつ病を抱えながらの会社勤め複数社を転々と

正社員としてのスタート その1

会社が始まる前に西調布にアパートを借りて、新生活への準備を整えていった。

引越しして一番の楽しみだったのは、テレビがきちんと映ることだった。今までの家ではテレビはほとんど観られなかった。前にも言ったように古い家でアンテナの方にも問題があり、新品のテレビでもどのチャンネルも映りが悪く、砂嵐のようになってしまっていた。音も出ないことがあった。ほぼゲームをするためにテレビを使っていたくらいだ。

念願の引っ越しをしたことで、テレビがちゃんと観られる。その他、自炊するための家電・生活用品も集めていった。

 

四月一日の日曜日には、神奈川の実家に帰り、家族と一緒に外食したりもした。ぼくが正社員として働くことが決まったことで、少しずつ家族とも和解していったような気がしていた。

でも、相変わらず弟とは険悪な仲だった。というよりも、この頃の弟は統合失調症というものになっていて、ぼく以外の家族でもほとんど相手ができなかったという。神奈川の実家で暮らし続けていた弟は高校卒業後に入学した専門学校をすぐに中退してしまっていた。ガラの悪いクラスメートを怖がったのだという。その後も仕事で大きな失敗をしてすぐ辞めてしまったり、詐欺にも引っ掛かりそうになったりしたそうで、以降、完全に引きこもりの生活を送っていた。自室では外にも聞こえるくらいの大声でよく暴れるようになっていたという。

 ぼくはそんな弟を精神科の病院でちゃんと診てもらった方がいいと提案したのだが、父も母も病院には連れて行かず、その後も数年間、ずっと放置しておくのだった。


さて、二十代半ばでの新社会人としてスタートしたぼく。

入社式の後は、社外研修でビジネスマナーセミナーを受けることに。

四月の最終週には、出張という形で、新入社員全員でバンダイ静岡工場を見学しにいった。

建物に入るとすぐに、年代別に発売されたプラモのショーケースを見ることができた。それから、静岡工場ではどういったことが行われているのかを説明受けた。

バンダイの歴史が分かる展示フロアも見せてもらった。企画されても、商品化まで至れなかったプラモデルも展示されていたりした。

バンダイ業務は新製品の周期が車の製造などとは違って短く、大変だと聞いたけれど、専門学校のOBも数名業務に携わっていたし、すごくやってみたい、とモチベーションが上がった。

 そして、六月まであった社内研修が終わり、ついに配属先が決まった。

玩具の仕事をしたいと思って入社したのに、まったく違う製品を作っている会社への出向勤務だった。付け加えるように「お前に玩具設計はやらせないよ」と部長から言われた。入社する前(面接の段階)からすでに玩具設計以外の業務に就かせようと思っていたらしい。

なんだか騙された思いがした。玩具関係の業務ができると聞いていたから入社したのだ。専門学校のOBからもそれなら是非うちに入社すればいいと言われていたのだ。

 

配属先は新宿とは反対の八王子駅にある中小企業。通勤電車は新宿行きに比べて混雑度はそれほどでもなく通勤はいくらか楽になったものの、再びうつ病が再発・悪化する生活が始まることになるのだった。

 

本社からは常駐出向と言われたけれど、出向先の会社からは完全に派遣社員という扱いをされた。

しかも、本社からその会社に出向されたのはぼく一人だけ。本社の先輩社員がそこで働いているわけでもない。新入社員なのに単独出向で、しかも本社からのサポートもほとんどなし。

正社員として会社に入ったはずなのに、その感覚を全く感じられずに仕事をすることになった。それは偽装派遣なのでは? ということを人から言われたこともあった。

色々ともやもやした気持ちのまま出向先(正確には派遣先)の会社に通った。

ぼくに指示を出してくれる上司のような立場の人がいたのだけれど、その人がとにかく悪態をよく吐く人だった。

CADデータのちょっとのミスに対して、とにかく露骨に悪態を吐く。データを作成した当人の聞こえないところだから怒りの気持ちをぶちまけるのは別にいいのかもしれないけれど、隣でぼくが聞いている。しかも、その怒りをこちらにも振ってくる。どう返したらいいのか分からなかった。

そういう態度を見せられて、そのくせ、そのデータを作成した人が来社すると、すごく穏やかそうに振舞う。いなくなったら豹変して文句を言う。

同じような失敗してるぼくに対しても、帰宅していなくなった後とかに思いっきり社内で、他の社員と一緒に悪態吐いている光景が容易に目に浮かんだ。

「あいつはどうせ派遣社員なんだから」とか、実際にその言葉を耳にすることもあった。その上司に限らず、とにかく悪態・悪口をかなり吐く会社だった。

その上司の人は、とにかくいい加減な性格で、かなり翻弄された。ミスをぼくになすりつけてくることも一度や二度ではなかったし、昔は仕事ができたんだぞという武勇伝もよく語ってきた。まさしく迷惑上司・ブラック上司の典型的な人だった。自分のミスを部下に押し付けるなんていうのは上司としては一番ダメだ。

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