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スポーツ漫画における「ヤンキー」の存在とその魅力について

私の趣味は漫画を読む事である。暇な時は(暇な時でなくても)アプリなどを用いて雑多に漫画を読み漁っている。特に絵に対する強いこだわりはない為、『巨人の星』(梶原,1966)など線が太い、いわゆる昔の絵と言われるものも読む。ここで『巨人の星』というワードが出てきたことでお気づきの方もいるかもしれないが、数あるジャンルの中ではスポーツ漫画を特に好んで読むことが多い。そんな漫画フリークの私だが、漫画を読み漁っている最中、一つ気がついたことがある。1980〜2000年初頭に出た漫画において必ずと言っていいほど登場したヤンキー(ここでは暴力行為をはじめとした非行を日常的に行う学生のことを指す。)が、2010年から現在までに出た、最近の漫画ではあまり登場しない。(私が読んでいる漫画の種類が偏っている可能性も大いにあるが、話が成り立たなくなる為、ここではその可能性は排除して考える。)

私はこれらの事由を以前よりも社会的規範や法的な罰則が強まり、ヤンキーに対しての風当たりが強くなったことで、ヤンキーがスポーツの舞台で活躍することのリアリティがなくなっている為だと考える。
本noteではスポーツ漫画におけるヤンキーの存在について、現在のスポーツ漫画の実情に言及したうえで、その事由について考えていく。(若干のネタバレが生じる可能性はご了承いただきたい。)

スポーツ漫画におけるヤンキーの魅力

 スポーツ漫画に登場するヤンキーの魅力はその圧倒的スケール感である。バスケ漫画の金字塔『スラムダンク 』(井上,1990)の主人公桜木花道は中学までは喧嘩ばかりしていた素行不良のヤンキーであったが、高校入学からバスケを始めるや否やその圧倒的な身体能力を活かしてメキメキと頭角を表し、湘北高校を初のインターハイ出場に導くまでとなった。一度この作品を読んだ人ならばダンクを簡単に決められるほどの身体能力を最初から持つ桜木が、地道な基礎練習によって次々と技術を身につけ上手くなり、強豪校の選手に認められていく興奮を体感したことだろう。

 また、ヤンキーが活躍する有名なスポーツ漫画として『ルーキーズ』(森田,1998)がある。今回はそこに登場する関川秀太という人物に注目する。彼は野球部入部以前は万引きを繰り返していたが、それでも追っ手に決して捕まらないほどの瞬足を持っていた。作中では、序盤こそ野球のルールをよく理解していない為に走力を上手く扱えていなかったが、終盤はその足の速さを生かして相手を翻弄していた。

 ↑髪の毛が尖っているキャラが関川。

以上のことから、圧倒的スケール感の正体とは身体能力の高さであるといえる。スポーツのルールやセオリーなど何一つ知らないが喧嘩などによって鍛えたヤンキーの身体能力に、そのスポーツの技術が上乗せされればどんな選手になるのか想像もつかないというワクワク感が作品の面白さの仕組みとなっている。

 このような類型のスポーツ漫画において欠かせないものとして人間としての成長が挙げられる。作中ではヤンキーは身体能力自体は高いもののキレやすかったり我慢ができなかったりといった負の側面を色濃く描写されることが多い。しかし、それら負の側面を努力や、考え方を変えてくれる人物との出会いなどによって克服し、更生する様はヤンキーが登場するスポーツ漫画の魅力の一つである。誰しもが持つ人間的な弱みをあえて見せることで読者は彼らヤンキーに感情移入をしやすくなり、作品をさらに楽しむことができる。

 このことから、ヤンキーが主人公ないしは主要キャラクターであるスポーツ漫画の面白さや人気は、単純なスポーツ的な試合展開の面白さもさることながら、登場するキャラクターも高い身体能力を持っているが人間的な弱みを持つ1人の人間であることが描写されているため、読者がキャラクターへ感情移入しやすいという点にあると考える。

現代のスポーツ漫画について

 では、今流行っているスポーツ漫画はどのような様相を呈しているかという話に移る。

 スラムダンクの話題になると必ずと言っていいほど挙げられるバスケ漫画として『黒子のバスケ』(藤巻,2009)がある。簡単に『黒子のバスケ』のあらすじを説明すると全中3連覇を誇った強豪「帝光中学バスケ部」に所属していて、現在は各々別の高校に散らばった5人の天才たち、通称「キセキの世代」に、幻の6人目(シックスマン)黒子テツヤとアメリカ帰りのバスケプレイヤー火神大我が立ち向かうという漫画だ。本作の過去編(帝光中学編,23-25巻)において灰崎祥吾というキャラクターが登場する。彼は暴力事件や遅刻など素行に問題がある一方でバスケは非常に上手い為、チームに欠かせない存在であった。しかし、圧倒的なセンスにより初心者ながら頭角を表した黄瀬涼太(後のキセキの世代の1人)の登場を機に、チームの輪を乱すという理由で「キセキの世代」キャプテンである赤司征十郎によりチームを追われる。本作におけるこの展開を今回のスポーツ漫画におけるヤンキーの存在という議論の上での象徴的な場面として考える。以前までのスポーツ漫画であれば灰崎が更生する姿が描かれ、彼はチームに居続けていたはずである。しかし、実際には彼は初心者ながらも天才的な才能を持つ黄瀬涼太にチームを追い出される形となった。この展開を私の考えと照らし合わせる形で言い換えると、今の時勢にはヤンキー的気質を持つキャラクター(灰崎)よりもクリーンかつ天才肌なキャラクター(黄瀬)が求められているのであるといえる。(灰崎はその後再登場したものの、徹底したヒールキャラとして描かれていた。)

 また、最近流行している野球漫画として『BUNGO』(二宮,2014)がある。あらすじを簡単に述べると、狂気的なまでに物事に没頭する性格(壁当てが好きすぎて、台風の日でさえも自宅の庭で壁当てをするほど。)を持つ主人公石浜文吾(投手)が天才打者 野田幸雄との出会いを通じて、シニアの舞台で強豪校、延いては甲子園を目指すというものである。作中では主人公である文吾は自分の目標の為あらば、なりふり構わず行動し、地道な努力を積み重ねる、言うなれば「努力の」天才として描かれている。もちろん、非行には一切手を染めることはない。何に目を奪われることもなくひたすらに野球に打ち込む彼の姿は、姿形は違えど1週間で2万本ものシュート練習を行った桜木花道に被るものを感じる。


スポーツ漫画の主人公はどんな形であれ、何かに秀でる天才として描かれることが多い。しかし、あまりに自分の次元から飛躍した雲の上の存在であれば読者は彼らに感情移入することができない。そのキャラクターはただのスーパーマンであり、親しみを感じられないためだ。彼らに感情移入することを可能とするためにはキャラクターに「人間性」を注入する必要がある。その手法としてスポーツ漫画では、以前はヤンキーが何かをきっかけにスポーツを始めるという手法が用いられていた。しかし、今日では2000年に「未成年者喫煙禁止法及び未成年者飲酒禁止法の一部を改正する法律」(平成12年法律第134号)が制定されたことに代表されるように、未成年の非行者に対する風当たりが強くなった。世論の変化により、ヤンキーは親しみを感じる対象どころかむしろ糾弾される対象となった。

 では、今日ではどのような手法を用いて、彼らキャラクターに「人間性」を注入しているのか。
 私はこれは凡人な主人公が行う地道な「努力」の描写によるものだと考える。例えば『スラムダンク 』の桜木花道は2万本のシュートをはじめとする地道な努力を行なっている。しかし、そもそもの活躍は元を辿るの身体能力の高さに起因する。その身体能力があるからこそ、努力によって獲得した技術が光るのである。他方で、『黒子のバスケ』の黒子テツヤは元々プレーヤーとしての能力は凡人でありながらも、影が薄いという自らの長所を探し出し、それを伸ばす努力をした事で「キセキの世代」幻の6人目にまでなった。自分も努力をすれば特には才能に秀でたところがなくとも何者かになれるかもしれない。そんな思いから等身大の主人公像が現代では求められているのかもしれない。

 このような論理展開から考えると『メジャー2nd』(満田,2015)の主人公 茂野大吾は捕手であるにも関わらず肩が弱く、バッティングもイマイチ。しかし、野球に関する知識などフィジカル以外を活かして活躍しており、等身大の主人公像としてはよくできている。そのため、『メジャー 2nd』は一つの作品としては面白いと言える。だが、本作は才能が豊かという意味での天才 茂野吾郎を主人公とする『メジャー』(満田,1994)の続編であるため、読者を引き継いでおり、読者もまた『メジャー』のような豊かな才能を武器に敵を倒していくような展開を期待していると考えれば、本作の人気が前作と比べると今ひとつなのも納得できる。

おわりに

 これらスポーツ漫画に登場するヤンキーについての議論をさらに深める為には、「甲子園」という学生スポーツで最も人気を博す大会の運営元である「高野連」による未成年喫煙などへの罰則の強化や、プロ野球選手になる前は野球をやりながらヤンキーであったという逸話が残る牛島和彦をはじめとした、ヤンキーがスポーツの世界で結果を残した実例など、実社会と漫画を照らし合わせる必要があるが、それらも合わせると非常に長くなってしまうのでそれらについての議論はまたの機会にしようと思う。

 ここまで、私の長い文章を読んでもらえて非常にありがたい。兎にも角にも、今回紹介した漫画は全部面白いので読んだことがない作品があれば一読すべきだ。
特に『巨人の星』はおすすめだ。
主人公 星飛雄馬が父親に大リーグボール養成ギプスを着せられている場面ばかりが有名だが、その場面しか知らない人は是非読んでみてほしい。『巨人の星』は単なる熱血スポ根漫画と思われがちだが、実際には主人公の葛藤などの心理描写が非常に上手く、面白い漫画だ。

 また、今回は紹介しなかったが『オフサイド』(堀内,1987)もとても面白い。個人的にスポーツ漫画の中では一番面白いと思っているので是非一読してほしい。(ちゃんとヤンキーも出てきます。)


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