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ヒーローじゃない

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haccaノベル様主催第1回haccaコン大賞作品『ヒーローじゃない』のストーリーをまとめたマガジンです。毎日0時連載中!(illust:萩森じあ様)
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2020年10月の記事一覧

ヒーローじゃない11

ヒーローじゃない11

「羽根?」

 大きめに切った林檎を鍋に入れながら聞き返すと、今しがた巡回から戻ってきたチアキが一つ頷いた。

「正確な種類までは分からないけど……多分、魔獣の羽根だと思う。どう? 見覚えは?」

 料理中で手が塞がっているアマネに代わり、チアキが目の前にそれを持ってくる。色は黒、艶やかな光沢を持つ大きな羽根だった。中央に白い線のような模様が入っているのが特徴的だ。
 首を動かして色々な角度から羽

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ヒーローじゃない10

ヒーローじゃない10

 木立の下を歩いていくと、やがて拓けた場所に出る。広い土地には大きな赤い実を沢山ぶら下げた林檎の木が立ち並んでいた。収穫時期を迎えた真っ赤な林檎は今にも枝を折ってしまいそうなほどに重く、そして瑞々しい。
 近くに置いてあった籠を持って木々の中に入っていく。いくつかの木を見て回って良い実を見つけてはもいで籠に入れた。美味しい林檎を見分けるには、色は勿論香りも重要だ。香りを確かめるには出来るだけ果実の

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ヒーローじゃない9

ヒーローじゃない9

「はあっ? チアキ、テメェ! 得物持ってないたぁどういうことだ!」

 後ろから聞こえてくる力也の怒号に、やっぱりこうなるかとアマネはパソコンに淀みなくデータを入力しながら小さくため息を吐き出した。向かいに座っていた七都子にしてみれば突然旦那が怒り出したように見えたのだろう。少々驚いたように書類から視線を上げた。

「あら、あの人ったらまたチアキ君に怒り出して。大人気ないわねえ」
「今回は自業自得

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ヒーローじゃない8

ヒーローじゃない8

 民間人はヒーローが駐在する場所から一定の範囲内で住居を構えなければならない。安全を確保する為に国が定める法律である。都心のような人口過密地域はそれに比例してヒーローの数も十分に足りているのであまり気にする必要はない。だがこの町のようにヒーローの数が限られているような地域は、民間人の警護がしやすいように配慮する必要がある。要するに、魔獣が襲ってきても守りやすいよう近くにいてくれ、ということだ。
 

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ヒーローじゃない7

ヒーローじゃない7

 遠くで電話が鳴っている。至って一般的な固定電話の呼び出し音だ。携帯電話を一人一台は持っている今の時代、固定電話を持たない家庭は着実に増えてはいる。
 アマネは携帯と固定電話の両方を持っていた。大した理由はない。ただ、町全体で契約しているケーブル回線で通話すれば料金が無料になるから繋げてくれ、と町の住民に頼まれたからそれに合わせて買っただけ。そこまで長電話をする趣味はないが、自分だけ入らないという

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ヒーローじゃない6

ヒーローじゃない6

 椎茸は石づきを切り落とし、薄切りにして出汁の入った鍋に入れ、火が通ったら合わせ味噌を溶かす。出汁と醤油、ほんの少しの砂糖を加えた溶き卵は手早く巻いてだし巻き卵に。そこに作り置きやお裾分けで貰った副菜を並べて、炊きたてのご飯を付ければ立派な朝食になる。
 アマネは夜勤明けでもしっかりと朝食を用意する。というより、夜勤中に作ってしまうと言った方が正しいかもしれない。夜通し起きていることにはもう慣れが

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ヒーローじゃない5

ヒーローじゃない5

「なんで。良いじゃない住み込みで雇うくらい。人が増えれば当直回ってきにくくなるし、そうすれば力也さんの禁酒日だって減ると思うけど」

 有事の際はヒーローが動くことになるが、巡回や夜勤に関しては町の若者も協力してくれている。とはいえ小さな町である上に、万が一魔獣が出た時に対処出来るヒーローはアマネと力也しかいない。単純計算で週の半分くらいは夜勤に当たるので、特に酒を飲める日は随分と限られてしまうの

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ヒーローじゃない4

ヒーローじゃない4

 夕食の支度があらかた終わった所で七都子が階下から力也達を呼ぶ。程なくして賑やかな声と共にチアキと力也、そして力也の肩に乗った小さな女の子がリビングへと戻ってきた。

「あっアマネちゃん!」

 テーブルに料理を並べるアマネに気付いた女の子は「下ろしてパパ! はやく!」と手足をばたばた振って暴れる。顔を叩かれながらも力也が下ろしてやると、女の子は真っ直ぐ駆けてきたので、アマネは一旦作業の手を止めて

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ヒーローじゃない3

ヒーローじゃない3

「こりゃたまげたな、栗採ってきたかと思えばイケメンを収穫してきやがった」

 家に入るなり、出迎えた力也はチアキを見てにやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。予想通りの反応にため息を吐き出しつつ、アマネは腕を組んで力也を見上げた。

「私の本意じゃない。山にいたから保護したの」
「遭難するような山かあ? あそこ」
「都会の人にとってはジャングルと同じなんじゃないの」

 自殺しようとしていたから止めま

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ヒーローじゃない2

ヒーローじゃない2

 ──それなのに見つけたのが、甘そうなアケビでも辛そうな山椒でも、ましてや暴れ回る魔獣でもなく、今にも自殺しようとしている青年だった。全く笑えない冗談である。

「とにかく、ここで死ぬのは止めて。私が困る」

 端的に本音をぶつけると、青年は力なくうな垂れた。死に損なったことを心の底から残念に思っているようだった。それとも、止めて貰えて安堵している? アマネには分からない。

「参ったなあ……山奥

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ヒーローじゃない1

ヒーローじゃない1

 気付けば、足が勝手に走り出していた。
 無我夢中だった。持っていた物を投げ出して、帽子が頭から舞い上がって、それでも懸命に走る。傾斜がある山道と砂利が行く手を阻むが、今はそれを気にしている場合ではない。
 そうして、辿り着いた先で──アマネは素早く手を伸ばした。

「ちょ……っと! 待ちなさいっ!」

 がしり、と自分よりも随分と筋張った腕を掴む。間一髪間に合った、と安堵の息を吐き出した。
 後

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ヒーローじゃない プロローグ

 ──次のニュースです。北米で大量発生した鳥型魔獣による被害は甚大で、今もなお現地の住人は魔獣への恐怖に苦しんでいます。
 ──大統領の要請を受け、当国では精鋭部隊を結成。現地に向けて本日出発する見込みです。

 フライパンの中で鳴るじゅうじゅうというベーコンが焼かれていく音の隙間から、テレビのニュースが流れてくる。
 いつも通りの日常、いつも通りの内容。科学や文明がどんなに発達していても、人間の

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