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ヒーローじゃない3


「こりゃたまげたな、栗採ってきたかと思えばイケメンを収穫してきやがった」

 家に入るなり、出迎えた力也はチアキを見てにやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。予想通りの反応にため息を吐き出しつつ、アマネは腕を組んで力也を見上げた。

「私の本意じゃない。山にいたから保護したの」
「遭難するような山かあ? あそこ」
「都会の人にとってはジャングルと同じなんじゃないの」

 自殺しようとしていたから止めましたと説明するのは流石に気が引けて、適当に理由を並べる。あながち嘘を言っているわけでもない。山にいたのも保護したのも本当のことだ。

「あはは……どうも、チアキといいます」

 どうやらチアキも話を合わせる方が得策だと判断したらしい。誤魔化すような笑みを浮かべて自己紹介をする彼を力也はまじまじと見つめる。

「……チアキ?」
「はい……えっと」
「一人旅、なんだって。珍しい来客だし、ご飯くらいご馳走しても良いよね」
「ん? ああ、おう。勿論」

 家主の許可も得られたので、これで遠慮することもないだろう。靴を脱いで上がるアマネにチアキも続く形でリビングへと向かう。
 山へ行く前は不在だった力也の家族はもう戻っているようだった。キッチンで忙しなく動いていた女性がこちらを向く。

「あら、アマネちゃん。おかえりなさい」
「ただいま。これお土産」

 背負っていたリュックを下ろしていっぱいに詰まった山菜を見せると、彼女は嬉しそうに目を輝かせる。

「まあこんなに沢山! ありがとうアマネちゃん、大変だったでしょ?」
「平気、そんなに奥には行かなかったから。まだ採ってない場所あるから、今度一緒に行こう」
「そうしましょう。あら、お客様?」

 後ろにいるチアキに気が付いた彼女にアマネはこくりと頷く。

「うん。一人旅の珍しい来客。山で会ったの」
「そうなのね。初めまして、力也の妻で七都子と言います」

 朗らかに挨拶をする七都子にチアキもまた会釈しつつ自己紹介をした。

「チアキ君もいるし、今日は多めに作らないとね。アマネちゃんリクエストは栗ご飯だったかしら?」
「その為に採ってきたんだから。手伝うよ」
「ありがとう、助かるわ」

 リュックを持ったままキッチンに入る。後ろでは力也がチアキの肩をがしりと掴んでリビングを後にしようとしているのが見えた。

「おし、チアキ。お前さんは俺と二階に来い。ウチ来たからには可愛いオヒメサマに挨拶して貰わねえと」
「お、オヒメサマ?」

 チアキの困惑を丸無視して力也はそのまま二階へ彼を連行していった。相変わらずの様子にやれやれと首を振りつつ、アマネはリュックから山菜を取り出していくのだった。


 リュックの中身を出して七都子に山菜採りの成果を見せた後、夕飯の支度を再開する彼女を手伝う為にアマネはヘアゴムで髪をまとめる。一本一本が細く猫っ毛の黒髪はもう腰まで伸びてしまっているので、料理をする時は括らないと邪魔になってしまうのだ。
 ロングヘアに対して特にこだわりがあるわけではない。今までの髪型を思い出すと、むしろショートやミディアムだった頃の方が多いくらいだ。ただ、ここ数ヶ月は友人や仕事関係での冠婚葬祭が立て続けにあり、そういう時は長い髪を適当にアレンジした方が見映えが良いから切れずにいただけだ。
 袖を捲り手を洗ってから大きめのボウルに湯を張っていると、野菜の皮むきをしながら七都子が少し楽しそうな声色で話しかけてくる。

「こんな所に来るような子じゃないわね。珍しいわ。」
「チアキのこと?」
「そう。ほら、この辺って何もないじゃない? 観光業が盛んってわけでもないし。若い旅行者ですら何年も見てなかったから」

 七都子の言っていることは最もだ。のどかな田舎町ではあるが、逆を言うとそれだけだ。取り立てて有名な名産品や観光地があるわけではないこの町に外部から人が来るのは珍しいことと言える。
 コミュニティというものは、狭く濃いほど閉鎖的になりやすくなる。田舎の人間が外から来た人間に対して[余所者]といって爪弾きにする話も良く聞く。
 ただ、この町に限ってはそういったものをあまり感じない。それはこの町の取りまとめ役が力也だからだ。七都子は生まれた時からずっとこの町に住んでいるらしいが、力也は県から派遣されてきたヒーローで、地元民というわけではない。最初こそ余所者として随分やりにくかったのだというが、あの豪快な性格に思い切りの良さ、そしてヒーローとしての確かな実力がある。そのお陰で今は町の皆から慕われ、信頼されている。ヒーローといってもフリーで、より素性の証明が難しいアマネがこうして町で働けているのも力也がサポートとして雇ってくれているからという面が大きかった。

「物好きな旅行者、って最近ブームみたいだから。それじゃない?」
「物好き?」
「都会の人にはこういう自然しかない田舎町は新鮮ってこと」
「ああ、そうかもね」

 力也にも言えなかったことを七都子に話せるわけもない。湯を張ったボウルにあらかじめ軽く水洗いした皮付きの栗を放り込みながら、アマネはやはり適当に誤魔化してしまう。
 どうして知り合いでもない男の為にここまで、と思わないでもないがかといって本当のことを話すのは気が重い。自殺志願者を説得してとりあえず町に連れてきました、などと言って、それからどうすれば良いのか。アマネにはさっぱり分からない。
 チアキと一旦別行動を取った今でも、彼が何故あんなことを言ったのか理解出来ないままだった。何故死にたいと思ったのか、死んで──何から、解放されたいと願っているのか。分からないことだらけだ。
 ぼんやりとそんなことを考えていると「そういえば」と七都子が話を続けた。

「山は大丈夫だった? 魔獣は?」
「全然、痕跡すらなかった。見間違いって可能性もあるかもってくらい」

 先に山に入っていたチアキも特に魔獣の姿や痕跡は見かけなかったと言っていたので、少なくともあの近辺にはいないのだろう。本格的に駆除を考えるならもっと準備を整えて山の奥深くまで捜さなければならない。
 ただ、現時点でその必要性があるかどうかと問われると難しい所だ。気配はない、痕跡の一つも見当たらない。となるとそもそもあの山に魔獣はいない可能性も十分にあり得る。いない可能性がある存在の為にヒーローを町から遠ざけるのはリスクが高い気がする。力也に報告すれば、きっと彼も同じことを言うだろう。
 なので、当面の間は要警戒止まりだろう。定期的に様子は見に行くが、本格的な駆除にあたるのはもう少し確証を得てからだ。

 栗の皮をふやかしている間、七都子が皮むきを終えた野菜をアマネがどんどん切っていく。大根と人参はいちょう切り、ごぼうはささがきにして水にさらす。全て地元で収穫された野菜達だ。住民の中には農家も多いので、定期的に差し入れをしてくれるのはありがたいことだ。この町に来てから、アマネは野菜を店でほとんど買わなくなった。

「そうだ。今日駒沢さんの家に行ってきたんだけど、そろそろ林檎が収穫出来るって。アマネちゃんも是非来てって伝言預かったわ」
「もうそんな時期か……楽しみ。ありがとう」

 景色も食べ物も、どんどん秋へと近付いている。ここ数年は春や秋を感じる前に暑くなったり寒くなったりしてしまうので、尚更今の時期は貴重に思えた。ほんの少し前までは茹だるような暑さに辟易としていたのに、今は長袖を来ていないと肌寒いくらいだ。
 アマネは秋が好きだった。気候は穏やかだし、食べ物も美味しい。何をするにも過ごしやすいので、普段であれば面倒でやらないこともやる気になれる。読書の秋、スポーツの秋という言葉が出来るのもなんとなく分かる気がした。
 この町は山間部にあるので、ほんの少し秋を満喫したらあっという間に寒くなって冬の支度をしなければいけなくなる。そうなれば後は一瞬で、氷点下を軽く下回る極寒の中、遠い春を待ち続けるのだ。
 静かに冬を過ごすあの時間も嫌いではない。ただ、その前に秋の色彩も出来る限り感じておきたいと思うのだ。


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