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ラットレースから脱落した人から幸せになる

幸せってなんですか?

TikTokやInstagramで色々なことを発信しているとこういう質問が来ることがあります。

答えの核となるものはいつも変わらないと思っていますが、その時々で答え方が変わっているのもまた事実で、今一度ちゃんと自分の答えを持っておきたいなと思いました。

そしてその答えをここに書き残しておくことで、自分自身の人生が迷ったときのコンパスのような存在にもなってくれるのではないかと思っています。

僕にとっての幸せが皆さんが考える幸せの何かにあれば幸いです。

幸せとは

僕が考える幸せは大きく2つあります。

1つじゃないんかいと思ったかもしれませんが、今書いている僕も書く寸前までは1つでした。

でも最初の数文を書いているともう1つこれだというのも湧き出てきました。

まず最初に思う1つは、タイトルにもある通り「ラットレースから脱落する」です。

例えば、普段歩いて生活している人がたまに自転車を乗ると徒歩との違いに快適さを覚えると思います。
自転車によく乗る人が車に乗るのも同じです。

そしてそこからもっと「速さ」を求めていくと、自分の中の幸福度が「速さ」に支配されるようになります。

お金で例えるのが1番わかりやすいかとは思いますが、要は1つの価値基準を「もっと」と追い求めてもその先には幸せはないということです。

もっとお金が欲しい、もっと速く移動したい、もっと良い家に住みたい、もっと良いものを食べたい、もっと良いものを身に付けたい。

この資本主義において「もっと」は何よりの毒薬です。

いかにして抜け出すか。
幸せへの道はこれにかかっていると言っても過言ではありません。

徒歩でしか見えない景色、自転車でしか感じられない風、車でしか行けない場所。

それぞれに良いところがあり、それを感じられれば幸せに近づけると思っています。

もう1つの幸せ

本来ならここで締めに向かおうと思っていたのですが、もう1つこれは外せないという考えが浮かびました。

ですが別に何も特別な考えでも何でもなく、よく言われていることです。

それは「自分だけの幸せを持つ」です。

幸せには正解はありません。
だからこれだけ悩むんだと思います。

いい大学に入る、いい会社に入る、素敵だと思える人と結婚をする、子供を産む、家を買う。

極端なことを言うとこれもまた資本主義によって生み出された幸せの可視化です。

みんなこれが出来れば幸せでしょ、とあらゆる方向から圧力を掛けてきます。
いわば幸せの押し売りです。
そしてそこには必ずと言っていいほどお金が絡んできます。

また「夢のマイホーム」これもCMで流れ、誰かが勝手に夢にしただけです。

どこかの誰かが勝手に作った幸せに振り回され、それから外れると幸せと語る資格はなくなる。
気付けばそんな風にして生きてきたような気がします。

結婚して家を買って幸せな人ももちろんいます。
その人たちが違うかと言えば全くそうではなく、その枠に入れなかった人は幸せになれないのかと言えばそれもまた違います。

なにが自分にとって幸せなのか。

この正解のない問いに答えを見つけられるか。
そしてこの答えを探す旅こそが人生なのだとも思います。

今幸せじゃない人へ。

大丈夫。今が全てではないです。

一緒に探しに行きましょう。
自分には幸せなんてないと目を瞑る前に。

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