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高座にフィードバックされるYouTube動画……神田伯山ティービィーの衝撃

記録的な「真打昇進披露興行」

誤解を恐れずに言うと、ごく一部のマニアを除いて、ほとんど忘れていた。あるいは、最初から知らなかった話芸。それが「講談」だ。かつてはもっともポピュラーな大衆芸能の一つだったのに。

神田松之丞の登場が、すべてを変えた。

若手落語家ユニット「成金」や、新宿末廣亭の深夜寄席、ほか様々なイベントで多くのファンの心をつかみ、さらにラジオ・テレビでも大暴れ。「チケットの取れない講談師」として『講談』を完全に蘇らせた。

彼がプロデュースした講談の会は、よみうりホールを昼夜で埋めた。つまり1日で約2,200人。それも秒殺で完売。もう、とんでもない。

「そもそも講談ってなんですか」「落語とどこが違うんですか」。
「いま話題の講談師」としてテレビ出演した彼に対して、同じ質問がいったい何回飛んだだろうか。
それが今では、トイレのCMで岡田准一がわざわざ講談師の格好で張り扇を叩く、そんな世の中になった。

お約束のGoogleトレンド

これだけ売れまくった「松之丞」の名前をポーンと捨てて、真打昇進とともに襲名した大名跡「六代目 神田伯山」。
神田派の宗家で、過去五人がすべて名人と呼ばれたというすごい名前だが、そもそも講談がそのものが知られていないので、認知度はとても低い。

しかし、2月10日に始まった「神田伯山真打昇進襲名披露興行」は、大入り・盛況なんてものを通り越して、もはやひとつの事件となった。

最初の10日間は笑福亭鶴瓶・爆笑問題・立川志らくなど豪華ゲストを招いたこともあり、新宿末廣亭(座席数313・定員450?)に、ものすごい数のファンが殺到。徹夜組まで登場し、夜の部なのに朝早くに整理券がすべてなくなる「札止め」に。

寄席は10日単位で番組が変わる。
2/21~2/29の9日間開催された浅草演芸ホール(座席320・定員450)での披露興行は、ゲストに頼らない顔付け(出演者編成)になった。
それが、初日こそ2階席に空席が見られたが、翌日からの3連休以降は、すべて満席。「札止め」もたびたび出てしまった。
日本中がウイルスで大変なことになっているこの最中に、である。

寄席というところは、大抵は「正月以外は、ふらっと行けばたいてい席がある」(だから、めったに指定席券を売らない)ところだったのに、この『神田伯山真打昇進襲名披露興行』は「夜の部に朝から並んで、整理券取らないと立ち見すら危うい」。歴史に残る披露目となったわけだ。
寄席関係者の中では「歴史に残る真打昇進」と、驚嘆・称賛の声が上がっている。

画期的なYouTubeチャンネル『神田伯山ティービィー』

しかし、今回の披露興行、凄いのは動員数だけではない。
これだ。

真打昇進に合わせて、伯山自ら開設したYouTubeチャンネル『神田伯山ティービィー』。
ご挨拶動画の次に公開されたのは、襲名披露パーティの様子。番組で共演している滝沢カレンの挨拶がとてつもなく素敵で、業界でも大評判になったのだが、それはまあいい。
このチャンネルが本領を発揮するのはこの後、新宿末廣亭の披露興行密着ルポだ。

いやあ、びっくりした。寄席の楽屋にカメラが入った。
披露興行のときの楽屋は、ふだんとはぜんぜん違う。多くの芸人が駆けつけて来て酒を飲み、楽屋はお祭りのようになる一方で、二ツ目・前座と呼ばれる若手たちが、苦労しながらもチームプレーで、このお祭りを進行させていく。高座に新真打・師匠・幹部・ゲストなどがズラッと並ぶ「口上」も見どころだ。

伯山は、番頭役の二ツ目にカメラをもたせて、楽屋の中を撮影させている。
これと通常の高座撮影映像を合わせて、ドキュメンタリー映画監督・岩淵弘樹が編集し、15分程度の動画にまとめて、撮影翌日に公開している。しかも、毎日。

僕のような演芸ファンにとっては、もう、夢のような映像だ。
ベテランから売れっ子から前座まで、芸人たちが狭い楽屋でわちゃわちゃしている。師弟・同期・先輩の間に様々な人間関係があり、気を使ったり使えなかったり、それはそれはくだらないバカっ話に花を咲かせたり。次から次へと面白い事件が起きている。
三遊亭小遊三は骨折し、桂米福は口上の司会をとちり、三遊亭円楽は拗ねる。ねづっちは楽屋でも謎掛けを連発する。
笑いながら見られる、極上のドキュメンタリーだ。

いや、笑えるだけじゃない。
師匠である人間国宝・神田松鯉が、弟子・伯山の高座を楽屋からじっと見つめる姿、弟子から「松鯉先生に稽古つけていただいた」と聞いた笑福亭鶴瓶が、すぐに松鯉の元に行ってしっかり頭を下げてお礼をするシーン、どれも「寄席の世界って、いいなあ」としみじみ思わせてくれる。

一方で、松之丞ブームを入り口に講談を聴き始めた初心者も、また楽しめる。講談や寄席について少し興味が出てきたくらいの人にとって、こんなによくできたバックステージものが面白くないわけがない。
しかも芸人の名前や、寄席の楽屋特有のルールについては、テロップでちゃんと解説が入る。
観ているうちに、こんな面白い世界があり、こんなに面白い芸人がいっぱいいることに気が付かされ、観れば観るほど寄席が好きになる。行きたくなる。
ただでさえ人気の興行に、さらにたくさんの客が押しかける……。

そりゃ、連日札止めにもなるわ。

YouTubeが高座でネタに、高座が再びYouTubeに

名場面続出の「伯山ティービィー」のなかでも絶賛されている動画が【#密着09】だ。

テレビでおなじみ超・売れっ子、立川志らくがゲスト出演したこの日は、楽屋カメラでも面白い絵がいっぱい撮れていたのだが、なんと機材トラブルがあり、音声が全く入ってなかった。
普通はここで諦めるところだが、伯山は、声帯模写を得意とする活動弁士・坂本頼光に「この音のない楽屋風景の映像に、適当に声を当てて欲しい」と無茶ぶりを頼み込んだ。

公開された動画の楽屋シーンには、音のない動画の中で次から次へと登場する芸人たちの喋るシーンに対して、頼光が必死になってひねり出したと思われる「適当なセリフ」が当てられていた。
それも、平泉成・浦辺粂子・殿山泰司・滝口順平・大泉滉・増岡弘・永井一郎といった方々の声色で。これがまあ、馬鹿みたいにおかしい。

ところが、この面白さはネット動画にとどまらず、リアルな寄席空間へと表出する。

たとえば番頭の一人、桂鷹治がしゃべるシーンに、頼光はアントニオ猪木の声を当てていた。
後日、鷹治は動画撮影用のカメラを下げて高座に上がり「昨日から声が変わってしまいまして。やんのかこら、やんのか!」と頼光の声色アテレコの、さらに物真似を披露したのだ。

……なんだか説明が下手だが、百聞は一見に如かず。この動画をほんの少しだけ見てみて欲しい。クリック。

ね。おわかりいただけましたでしょ。

客はみんな伯山ファンで、おそらく相当数の客が「伯山ティービィー」を見ている。芸人ももちろん同じ動画を見ているから「YouTubeでこうだったけど、あれは編集で、ほんとはこう」などとネタにする。これがウケる。これがまた撮影されてYouTubeで配信されて、これを観た芸人が、さらに高座でネタにして……。

ネットと寄席の間でネタは往復しながら、さらに大きな大きな笑いの渦となる。言うなれば「リアルとバーチャルの往復による、笑いの増幅運動」が起きているのだ。
誰かもっとかっこいい名前をつけてくれ。なんとか・ライブフィードバックとか。

※ちなみに伯山にとって成金の盟友である後輩の落語家・春風亭昇也も、ラジオでこれとほぼ同じ指摘をしていた。
あー、高座に上がるプロも俺と同じこと考えてるんだ、そりゃそうだよねと思った。

楽屋にまでカメラを入れ、YouTubeを存分に活用することによって、貴重な記録を残す。
それとともに、数多くの芸人と裏方に光を当て、寄席演芸の魅力を多くの人に訴求した。これは明らかに、伯山の大功績だ。

2/7、7,010名の登録でスタートした『神田伯山ティービィー』は、新宿・浅草の全日程が終了した2/29には、登録者数70,400名・累計動画再生数は約270万回に達している。



ちなみに僕も、動画を観ているうちに、どうしても行きたくなって、浅草の初日を観てきた。

寄席らしい芸人たちの見事な連携プレーと、伯山の素晴らしい講談『中村仲蔵』を堪能できた。


この動画の中に、ささやかではあるが、自分の笑い声と後ろ頭が収められている。

幸せなことだと思う。
歴史のいち証人になれたのだから。

そして、このライブイベントとYouTubeの連動に、次のコンテンツビジネスのヒントがあるような気もするのだ。


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