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新人時代に先輩歯科医師のお寿司につられて手伝いに行ったら1時間に8人をたった1人で診ることになった話

編集部からのコメント

大学卒業後からの高村くるみ先生の波乱万丈の歯科医師人生を描いてドキュメントストーリーで、歯科経営総合情報誌『アポロニア21』において2003年1月号から2009年11月号まで掲載した「女性歯科医師NOW」「高村くるみが行く!」の内容を加筆、修正してまとめたものです。

連載当時、会う人会う人が「毎月の楽しみ」「真っ先に読んでいる」と口にするほどの人気ぶりでした。本書のデザイナーからは「面白すぎて、忙しいのに徹夜で読んでしまったじゃないか!」と叱られました。

「赤字の分院を黒字に」「横領事件の対処」「不当な解雇」「困ったドクターを雇ってしまった時」「何十枚もの返戻の束が…」など、訪れる苦難をいかにして乗り越えたのかという経営視点からのノウハウや解決策など、読みどころが満載です!
何年経っても色褪せない、現代でも同じ悩みを持つドクターたちの、一番身近なエッセイになるかもしれません。


■高村くるみ(ペンネーム)
1972年生まれ
97年歯科医師免許取得
医療法人理事長

失望により大学病院をやめ、プータロー生活へ

私が歯科医師国家試験に合格した時の気持ちをひと言で表すと、単純に
「やった~。これからは私が治療しちゃうんだ。がんばるぞ!」だった。

ところがその後、大学病院で研修を終えた私のつぶやきは、
「医局の先生たちも〝上〟のご機嫌取りするか、患者さんを無視したマニアな自己満足の診療をする人ばっかり。不倫は横行してるし……、人間関係がすごく複雑。それに、私生活を犠牲にしてでも飲み会につき合わないと、わがままと言われるし、やってられない!」
に変わっていた。

そんなわけで退職し、プータロー生活が始まった。

都心で家賃20万円の部屋を借り、夕方起きて朝まで遊ぶ毎日。海外旅行に行ってはブランド品を買いまくり、散歩の途中でベンツを衝動買い。金髪にカラーコンタクト……。
そんな娘の姿に、両親はだいぶ泣いていたらしい。

でも、「もうどうにでもなれ」とばかりに自堕落な生活を送っていても、歯科医院の看板を見るとむなしさが込み上げる。

私だって誰にも負けないくらい患者さんのことを考えて治療していた。

笑顔で「ありがとう。先生のお陰でごはんがおいしく食べられるよ」と言われた時のうれしさ!でも私は歯科医師を辞めたんだ……。

そんな思いがうず巻いていた時、ある先輩から電話がかかってきた。

勤務医に復帰したはいいけど…!?

「おまえ半年近く遊んでるんだって!? オレが勤めてるところの分院で、人手が足りないんだよ。ちょっと手伝えよ!」。

治療から遠ざかっていた不安もあり、返事に窮していると、
「たった1カ月だし、開業医は患者さんたくさん診られて楽しいぞ!」
とうまく乗せられ、学生時代にお世話になりっぱなしだった義理を果たすべく引き受けてしまった。

ごちそうになったお寿司がおいしかったからかもしれない。

大きく展開している医療法人のA医院は、盆と正月以外は年中無休で、朝8時から夜10時まで。1日の来院患者数は70人。なのにドクターは1人。
後から知ったことだが、1年に5人が就職したにもかかわらず、給料の安さと仕事の過酷さに全員が辞めていったとのこと。

点数のノルマを達成できないと給料から差し引かれていく……といった厳しい内情も全く知らない私が初日に出勤すると、たったひとり、眼鏡をかけた青白い顔のドクターが……。
あいさつもそこそこに、
「実はボク、心臓を悪くしまして……。早く入院しないとまずいんだけど、後任が決まらなくて我慢してたんです。あー良かった。先生が来てくれたから明日から休めますよー! 引き継ぎの手間がかからないように患者ノート作っておきました。じゃあ、退院したらまたお会いしましょう」。
そう言い終わるとさっさと医院を出て行った。ちなみに、彼とはそれ以来二度と顔を合わせていない……。

医局にはだるそうにあくびする45歳の歯科衛生士と、「何もわかりません」オーラ出まくりの19歳の助手があわれみのまなざしを私に注ぐばかりだった。
あわてて先輩に電話すると、「へーきへーき! どうにかなるよ。とりあえず患者がいる限り医院を閉めるわけにはいかないんだから、おまえががんばれ」と言われてしまった。

お寿司の代償は、あまりにも大きかった……。

「1時間に8人」もひとりで診るの!?

目は泳ぎ、唇はふるえ、顔面蒼白の私に歯科衛生士が今日のアポイント表を見せてくれた。
なにーっ!? これ全部私ひとりでかい?
しかも5時台なんて1時間に8人も入ってるよ! もう絶対ムリだってば。

「キャンセルできないかな?」と聞くと、彼女は
「そんな面倒なことするよりやっちゃった方が早いです」と取り付くしまもなかった。
あーもうどうにでもなれ!
その日は何がなんだかわからないうちに一日が終わった。

道具の場所も知らず戸惑いながらの診療で、アポイントなんてないに等しいほど時間がかかってしまった。当然昼食もとれず、1回も休むことはなかった。
1カ月なんてもたない! 辞めてやる! そう考えながら12時近くに医院を出ると、見知らぬ人に声をかけられた……。

「歯科医師高村くるみが行く! 雨、嵐、ときどき快晴」第1章 歯科医師人生・波乱のスタート(日本歯科新聞社)より

書籍の紹介
「高村くるみ先生」の波乱万丈の歯科医師人生を描いたアポロニア21連載中のエッセイ(2003年1月号~2009年11月号)を、加筆、修正して61話分をまとめたもの。
第1章 医療法人の勤務医、分院長時代
第2章 老院長下の勤務医時代
第3章 そして開業

の3章に分かれており、大学卒業直後から、現在の複数の医院を持つ立場になるまでが描かれている。 目次を見るだけでも、その波乱万丈ぶりには驚かされるはず。


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