コロナ禍の死闘

 みなさんコロナ禍はいかがお過ごしなされたでしょうか。多くの業界は仕事が増え、慢性的な人材不足に悩まされたことと思います。一つ教養のために物流業界がどのような煽りを受けたのか、お話しいたしましょう。

 同期M姉さんの配属先は後輩Kくんと同じ部署で忙しい作業現場である。貨物の搬出入や荷詰め作業の手配などその責任は大きく、作業は顧客ごとに事細かく分かれており職場の空気は最悪だった。加えて時間というノルマがあり、客先からのわがままや、現場作業員からの要望などにも応えなくてはならないため板挟みも板挟みである。
そんな部署の人員がコロナにかかり半数が自宅休養となった。
前代未聞の事態に上司たちは動き出した。まず他部所の人員で倉庫作業の経験があるものを一時的に派遣し、作業にあたる者全てに「36協定を気にしなくて良い」と通達した。おそらくこれで安堵したのは課長以上の役職だけであろう。
気にしなくて良いとは、「残業し放題」であり、インターバルを無視しても良いということである。休みが最低限を下回るのだ。

 派遣された先輩はその期間退社時刻は12時を回っていたという。それは彼ら余所者に遠慮して早めに上がってもらったにすぎなかった。
M姉さんは朝5時まで働いた。
帰宅しシャワーを浴び、1時間仮眠をとって7時過ぎのバスに乗る。その後、朝3時4時までまた働く。そんな生活が続いた。
過去を振り返った彼女は「ヤバいよ。」と一言当時の状況を表現した。
「私誰にも会いたくなかったモン。泣きそうだった。」
多分泣いた。けれども彼女は言わなかった。
「日中の業務中に先輩が急に泣き出しちゃったもん。ワンワンワンワン泣いてさ。」
その先輩はその年一緒に昇格試験を受ける予定だったが、休職した。これにより昇格が遅れたのかもしれない。

 今、M姉さんは世界を飛び回っている。転職して忙しいと言いながらも生き生きとSNSを更新している。ビール片手にコッテリラーメンとツーショットを撮る彼女は逞しい。日常生活はこのような犠牲と苦労を担っている人間の上に成り立っているということを忘れてはならない。しかし世間はこのことを知っているのだろうか。
ワクチン接種の有効性や失われた数年を嘆く声だけが当時は注目された。一千万歩譲って世間はいい。では会社は何をしたか。金一封はなかったらしい。社長や上司の感謝はあったそうだが、それだけでは納得がいかなかった。公平にかけるとして昇格試験も特段免除にはならなかったようだ。多少なりとも考慮されたようだが、筆記、記述、面接一通りの苦労は経験したようである。

 彼女は早々に見切りをつけたが、すぐに退職という選択肢は通らなかった。1年間自己分析を行い、人生の岐路に差し当たった時、堂々と辞め、商社へと転職した。今やお客様である。現場の人間がお目にかかることのない、彼らにとって雲の上の存在になった。

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