間抜けな午後半休

 1日のうち唯一息抜きができる昼飯時、私の足は痛みだした。なんだと思い安全靴を脱いでみると左足の指が紫色に変色していた。
腐ったのか…。などと思いながら一応事務職の女性に助けを求めた。我ながらその光景は子が親に物事を相談する姿そのもので少し情けなかった。彼女は私の指を見ると驚いた様子で病院へ行ったほうがいいのではないかと伝えた。
もし職場を離れるのであれば係長へ話に行かないといけない。
憩いの休み時間中に恐れ多いが私は係長の前まで足をひきづって行った。係長はカエルのようなジト目で私を見ると少し身構えるようにした。また何か問題でも起こしたのか。そんな言葉が心の中に直接問いかけてくる。
「足にあざができました。早退きして病院に行きたいのですが、よろしいでしょうか。」
「ああ?あざ?ちょっと見してみなさい。」
あざを見ると途端に真剣な表情になった。
「どこでやった?」
「はあ、自宅です。寝ぼけて天井を蹴ってしまったのです。」
「へ?天井を?」係長は目をぱちくりとさせ考えている。
「仕事中にした物じゃないんだね?確認なんだけど。」係長は考えるのをやめて伝えられたことを素直に受け入れることにしたらしい。私でも困惑しているのだから当然だ。
前職の会社はお上から目をつけられていた。何故なら過去に業務中の負傷で病院へ行っても会社の保険ではなく個人での対応をさせた事例が多々あったからだ。上司がこのような対応をするにはいくつか理由があるが、その多くは会社への報告をしないためである。業務中の事故や負傷は必ず報告をしなければならないし、それに割く時間も膨大だ。それに加えて客先への心象も悪くしてしまう。そのような心遣いが数十年も横行していたのだ。係長はそれを心配しており、念のために私へ確認を取ったのだ。

 このような確認は病院の医師からもされた。もしかしたらブラックリストに載っているのかもしれない。
「業務中の怪我ではないんですか。」
「いえ、違います。今朝寝ぼけて天井を蹴ってしまったんです。」
「へ?天井を?」
係長と同じ反応だった。
「あ、ロフトで寝てまして、天井が低いんです。」
「あー。一応レントゲン撮りましょう。折れているかもしれないので。」
浅い睡眠によって引き起こされた小説よりも奇妙な負傷は私に午後半休というプレゼントをくれた。

 よくよく考えたらこれは異常なことなのだが、怪我以上に私の頭が異常だったので特になんとも思わなかった。常人ならば生活習慣を見直すなどの手を打ち、いかにして安眠を手に入れるかを考えるかと思う。しかし私はそれよりも日々の楽しみを優先した。
怪我などどうってことない。いずれ治る。そんな意気込みだった。
現にレントゲンでは骨折は見られなかった。私は天井に勝ったのである。

そんなバカな。

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