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モテる友人を持ったわたしのあまりに単純なミス(古賀及子)

古賀及子さんのエッセイ連載、今回はおためし版で無料でお読みいただけます!

とにかくモテる人だった。

知り合ったのは当時全盛期だったミクシィの、コミュニティのオフ会でだ。昭和50年代の1月から3月に生まれた人たちだけが参加できる集まりで、参加者に誕生日を聞くとだれもかれもが早生まれなのが、そういうものだとわかっていても可笑しかった。私は1月生まれで、彼女は3月生まれだ。

なんだかもう本当にモテた。会う男性がみんな彼女を、驚くほど簡単に好きになる。

さらさらでまっすぐの栗色のロングヘア、茶色い瞳のよく動く丸い目、長いまつげが印象的だけれど濃い化粧はせず、服装は気取らずカジュアル、いつも笑顔で、ふるまいは一生懸命、恋人はおらず、地方から東京に出てきてひとり暮らしで仕事を頑張るようすにひかれる気持ちは理解できたが、それにしてもという釣れ具合だった。

彼女と私は同い年で、偶然自宅が近所だったこともあってオフ会でつながってからよく遊ぶようになった。特段気が合うわけではなかった。お互いに仕事は忙しい、でもお互いに20代前半とまだ若く、お互いに時間も体力も余っていて、お互いに無理してでも出かけることが好きなたちで、都合良い遊び相手として呼び出しあう関係だったのだと思う。

オフ会では何人もの人たちから目くばせをうけたようだけど彼女は誰とも付き合うこともなく、とはいえ恋人は欲しがっていたから、その後、私は友人を立て続けに2人、彼女に紹介した。

ひとりは古着屋の店員をしながらバンドで一発当てようと頑張るギタリストだ。元気のいい明るいひとで、誘われたとかで受けたテレビの恋愛リアリティーショーのオーディションに合格して出演し、番組でうまくいった相手と実生活でも交際することになったはずなのだけど、長くは続かず別れて落ち込んでいた。

彼女に会わせるともういきなり目が私のことなどとらえず、彼女だけしか見られなくなったようすだ。その日のうちに「できればすぐまた会いたいんだけど、がんがんいっても大丈夫かな」と聞かれて私は「聞いてみるよ」とこたえた。

もうひとりは私が当時アルバイトしていたホテルでレストランのウェイター見習いをしていた人。黒服さんと呼ばれる上司について実直にフランス料理のサーブを学びながらホールを回す様子が真面目だった。私服のセンスはちょっと怖い系だけれど、おおらかで優しい。オフの日は一日中パチンコ屋で煙草を吸っているのだと、恋人でもいたらずいぶん違うんだけどなと言うから誘ってみた。

3人で食事をすると、解散した直後の一瞬のうちにもう電話がきて、大好きになった、とにかくいてもたってもいられない、なんとかしてくれと頼まれた。「彼女がまぶしくて目がちかちかする」と夢見る声で言う。

ふたりの思いの量もむなしく、彼女はどちらも気に入らなかった。「申し訳ないのだけど、お断りしておいてもらえないかな」と、後日安い焼鳥屋のカウンターで肩をすくめて頭を下げられた。

なにしろ大いにモテるのだ。それにそもそも世の中には人がたくさんいるのだから、たった2人に会わせて恋人が見つかるものでもあるまいよねと、しみじみ話しながらひとしきり飲んで、すると「誰か呼ぼう」と酔った彼女が携帯電話をくるくるさわりはじめた。

そのうち、プロレスラーのようにがたいのいい金髪の男性がのっしのっしとやってきた。彼女がトイレに立つあいだに背中をまるめて私の耳に顔を近づけ「あの子、まだ彼氏とかできてないよね」と聞くから「たぶん」とこたえた。

彼女のモテかたを、私は眠いように薄い目で見るともなしに見ていた。次から次へと人に好かれるなんて、よほど珍しい性分だ。持って生まれてしまった特性だろうから、大げさに口に出して言い立てたり、まさか茶化してはいけないと、律して控えた。

春が来て、彼女と2人で花見を主催した。それぞれの友人と、例のミクシィのコミュニティの人々にも声をかけた。早起きの得意な私がコミュニティの数人に手伝ってもらって場所取りをして、彼女は朝が苦手だからゆっくり来ると言う。

人が集まりだし、それぞれに飲み食いするうちに彼女はやってきた。隣に、品のいいチェスターコートにチェックのウールのマフラーを巻いた、眼鏡の大人しそうな男性を連れている。みんなに冷やかされると、いやいやただの会社の後輩だよと顔の前で手をふった。ふたりで事務所のキッチンでみんなの分のおにぎりとおいなりさんを作って、焼き菓子まで焼いたのだそうで、持ってきてくれた。

ありがたくふたりの料理をもらっていると、後輩だというその男性がじりじり近づいてきて小さな声で「先輩ってどういう人がタイプなんですかね?」と聞いてきた。ぴったり隣に立つと案外背が高い。見上げて「ごめん、わかんないです」と、マドレーヌを食べながらもごもごこたえる。

時間が経つにつれ人は増えた。コミュニティ内外から知ってる人も知らない人もたくさん集まって盛り上がりの輪はどんどん大きくなった。界隈で尊敬されている、コミュニティのメンバーよりもちょっと年上の雑誌編集者の男性が恋人を連れて来てくれてみんな大喜びで歓迎した。不器用に企画したイベントとしては大成功だ。途中で雨が降ってきたけれど、東屋で雨宿りをして、お酒が切れてもみんな帰りあぐねるままに続いて、夜中になってやっと解散した。

日をあらためた打ち上げで私と彼女が行ったのは、コリアンタウンとして盛り上がっていた街だ。私はホテルのレストランでのバイトをやめて古い飲み屋横丁のショットバーで働くようになっており、仕事を終えてからほとんど深夜にふたりで集まった。韓国料理を食べてからあたりをうろつく。

通りがかったディスカウントストアの店先に、韓国の甘いお焼きのようなデザート、ホットックの屋台がある。なんとなく私がひとつ買うと、店員の韓国の方らしき男性が「後ろの子にもあげる」と言って、彼女にも包みを差し出した。

とにかくモテる人だった。

いよいよ感慨した私はホットックを興奮で飲むように食べ、いっぽうの彼女は「ちょっといまお腹いっぱいだな」と手に持て余している。

そのままぼんやり、明るい方を目指して歩いた。彼女から、花見の日の帰りにタクシーの車内で、相乗りした人に付き合ってくれないかと言われたのだと聞いた。デザイナーから営業職に変わったとかで、集まりにもいつも仕事着らしいスリーピースのスーツで来る小柄で声の大きなあの人だ。キャバクラ嬢のような派手で華やかな女性が好きだと言っていたはずだったのだけど。

街灯の光が彼女の手に持つホットックの表面を照らす。「食べられないけど、食べ物を粗末にするのは嫌だなあ」と言い、それじゃあ私が食べてあげるよと、受け取ったけれどお腹がいっぱいで入らなくって、ゴミ箱を見つけて捨てた。

その後しばらくして急に、明日パエリアを食べに行かないかと彼女から連絡があった。おいしいと教えてもらった店があって、キャンセル待ちでふいに予約が取れたのだという。ちょうど私は別の友人と飲んで酔っ払っていたものだから調子よく軽率に行くと返事をした。

翌日、二日酔いの胃のままよろよろと集合場所へたどりつくと、彼女が花見の日に来たあのみんなが尊敬する編集者の男性と待っている。

長く付き合い、そろそろ結婚かと噂されていた、花見にも連れ立ってやってきた恋人と別れたという話が驚きをもってコミュニティ内に拡散していた最中だったから、私は胃を手で押さえて息とつばを飲んだ。

そもそも私は彼女と私のふたりでパエリアを食べるのかと思っていたのだ。単純に、ほかに人がいることにも驚いていた。

男性も男性で面食らった顔をしている。私と同じく、彼女とふたりで会うつもりだったことは明らかだった。デートだと思って来てみたら、相手のほかに二日酔いで酒くさい、顔色がほとんど土色の人物(私)が胃を撫でながら中腰で登場したのだ。ただただ純粋に嫌だろう。

けれど男性は立派な大人のひとで、驚きも嫌悪も一瞬で引っ込めた。彼女にはあたたかいまなざしを送り、私にも楽しく優しく接してくれた。パエリアはおいしかったが、店主が店員を叱る種類の店で怖かった。食べきれず、持ち帰りを頼んだ私も「だめ!」と怒られた。

彼女はこの編集者の男性もあとでしっかり振ったらしい。

このころ私には、モテる男性の友人もいた。

彼は会う女性をあらかたとりこにしてしまう。優しくて片付いた笑顔、清潔に整えられた全身、いきすぎないほどよいおしゃれ、巧みな話術、太い実家。呼ぶとまさかのスーパーカーに乗って来る。それになにより、狙った相手にしっかり積極的だった。

当時の私は髪も洗わぬまとまらないいでたちで、まるで冴えない風袋だ。彼の眼中には一瞬も入ることがなく、おかげでただの友人になりおおせたが、周囲には泣いた女性が多かった。

その彼に彼女のことを話すと興味を持った。会ってみたいというから、ハブとマングースの戦い、これはどうなるのかと、もしかしたら最高のふたりになるのではとの期待もあって、3人で会う日をセッティングした。

当日、なんと彼女は来なかった。すっぽかしたのだ。そんなことははじめてだった。彼の勤めるゲーム制作会社のミーティングルームで延々ぷよぷよをしながら待ったが、結局夜中までメール1本すらこなかった。

つぎの週になってやっと彼女から「連絡もできなくてごめん」と電話があった。いやいや、どこかで倒れていたらどうしようと思っていたから安心したと伝える。おわびと、ちょっと相談したこともあるから飲みに行こうと言われて集まったのは、ターミナル駅の駅ビルの地下の中華がゆの店だ。

記憶の中のその店は、『2001年宇宙の旅』に出てくる真っ白のあの部屋くらい白く、煌々として明るい。

中華がゆを食べながらビールを飲むなんてことがあるだろうか、でも白い部屋の回想の私たちはそうして話をしたことになっている。

「Uさんから、妻と別れるから結婚しようって言われちゃって」と、彼女はたぷたぷのゆるいおかゆをれんげですくいながら話した。

Uさんは私の友人の同僚だ。友人が会社を辞めて海外へ留学することになり、その送別会で知り合った。

「頭のてっぺんにスイッチがあって、手のひらで2度頭をさわることによりスイッチが反応し、さわった相手を好きになってしまう人がいる」というのは、若者の恋の単純さを笑うよくある露悪的な言説だが、それは私だ。

Uさんと私は送別会の狭い居酒屋で隣り合わせた。お互い他に知り合いも少なく行きがかり上、最初から最後までずっとふたりで話した。気まずくもなく、席をかわりたいと思うこともなく、話が不思議ととぎれない。ただ楽しかった、もっとずっと話していたいと思った。帰り際、「まあ、また飲みましょう」と、Uさんは私の頭を2度手のひらでやわらかく押した。

また飲みましょうと言ったんだから、また飲むんですよね? けれどUさん結婚してるんでしょう? まさかどうにかなるわけにはいかないですよね? でも、また飲みましょうって言ったでしょう? だからまた飲むんですよね? そうですよね? ふたりっきりはまずいかな、じゃあ、と私は「複数人で飲みに行きませんか、合コンごっこみたいに」と、Uさんに持ちかけて、彼女に一緒に行かないかと声をかけたのだ。

するとこうなる。

「Uさんから、妻と別れるから結婚しようって言われちゃって」

「へー」と返した。

しくじった。

私はずっと、彼女のモテかたを、冷やかしにならないように遠慮して眠い目で見続けた。手にひらの上に乗せてしっかりと観察することを避けてきた。直視していればこんな単純なミスは起きなかった。

真っ白い店の真っ白い壁と床とおかゆはさらにどんどん白くなって、白くなって、まぶしくて目があけていられないほど白くなって、目の前の彼女も白い光にすっかりつつまれ、そのうち彼女ただひとりが発光してあたりはおだやかに明度を落としていく。

ああそうだ、ホテルマンのあの人が「彼女がまぶしくて目がちかちかする」って言ってた。こういうことか。

モテる人は不可抗力的にモテてしまう。彼女を見ていると様相はほとんど異常なのだから、笑えない苦労も嫌というほどあるはずだ。なのになんだか、彼女はモテることのつらさを微塵も見せずに、ただきっぱりと、モテてモテてモテまくって見せてくれた。

私は光る彼女の対面で、まぶしく目を細めながらなんとかおかゆとビールを残さず飲み下した。彼女は光に包ませたままにして、帰った。

それから彼女とは連絡をとっていない。彼女からも連絡はない。

私は彼女を誘った際にあらかじめUさんへの好意を伝えていた。それでも彼女がUさんからの言葉を私に伝えたのは、私と彼女のあいだにUさんをうんぬんしない友情があると賭けてくれたからか。

それともちょっとだけでも、私に対してUさんを手に入れたことを自慢したい気持ちがあっただろうか。彼女を好きになったのはUさんで、彼女には一切非はない。私に伝えたことが自慢だとしても、そうしたい気持ちはわかるし咎めても仕方ない。

仕方ないことではあるんだけれど、結果的に私はおかゆの店で急に彼女をまぶしく感じて目があけられなくなってしまった。

こうなってしまうと残念だけれど人間関係はどうしても難しい。

彼女はモテるし勘もいい。実はスーパーカーのあの男はいわゆる良くないすけこましなのだった。約束を反故にしたのは、さては危機を察してのことではないかと私は感じていた。その勘のよさで、私との関係がもう続けられないものになったことも、きっと彼女はおかゆ屋で光ってまたたきながらとらまえたのだ。

それからミクシィは衰退し、自然とコミュニティも不活化した。

彼女の名前を憶えている。普通の名前だ。


【シカクよりおしらせ】

古賀及子さん初の本格エッセイ集を、2月5日にシカク出版から刊行します!

さらに古賀さんの日記本第2弾も、同時期に素粒社より刊行されます!!

エッセイ集はこのnoteの連載、古賀さん個人noteに掲載した記事、書き下ろしを収録。
書籍化にあたりwebで公開したものにも大きく加筆修正を加え、いつの時代に何度読み返してもおもしろい仕上がりになりました。

日記本は前作に未収録の日記+その後新しく増えた日記を収録。約300ページの大ボリュームです。

現在入稿作業が佳境に入っていますが、自信を持っておすすめできる本に仕上がっているので、ぜひ手に取っていただけると嬉しいです。
シカクオンラインショップでご予約も受付中!(下の画像からリンクで飛べます↓)

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