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手をかえ品をかえ

日の伸びたことをつくづく実感する日々に、鹿田は浮かれが平常となりつつある。朝とて、家のドアを開ければそこには、温く夏を帯びた風がいた。

そうなるとますますビールが愛しくなるものだ。もとい、飲み会が。

ぼくは飲み会が好きで、あるとなったら顔をだしたし、なんなら飲み会のグループをいくつも作っては適当な意味を立てて会を開いたものである。しかし幹事となると色々考えなくてはならない。だがこの通り鹿田に夏を楽しむ以外の脳はない。楽に盛り上げられるものはないか?

ぼくはそうすると100円ショップやビレッジバンガードへ逃げ込み、マジックグッズを探しては飲み会が始まるまでの数時間一人練習した。しめしめ、これで今回の飲み会も盛り上がること間違いなし!と思うのだが、どこか抜けている鹿田はすぐにネタがばれてしまう。

うけると嬉しくなって2度3度とサービスしてしまうことも大いにネタばらしに一役買っている。そして実はね、これがこうなってるんです!と自ら最終的にばらしてしまう。テンヨーさんごめんなさい。

あ、鹿田です、よろしくね。

そしてそれが高じて、鹿田はその数年後、マジックバーに通うことになる。それはそれは素敵な夜だった。チェーン店の「手品家」というのだが、駅前で飲んでは手品家、というのが当たり前だった。90分で数千円ぽっきり。お酒は飲み放題。各々のテーブルにマジシャンの人がきてはテーブルマジックを見せてくれる。話しも巧みでなお面白い。酒も深まってきたところで今度はステージマジックが始まる。

こんどはお客さんみんなが舞台の方を向く。赤い煌びやかなカーテンが開くと、そこは本当に夢のひと時を感じることができる場だった。少人数でも見ることができるので、マジシャンに呼ばれて台上に上がることもあった。一枚のトランプを手渡され、そこに僕がサインを書く。そして返す。マジシャンがそれを混ぜてトランプを切る。その後確認するのだが、自分のサイン入りのトランプがない。

さすが鹿田のサイン、さっそく盗まれたか!

なんて冗談などは言えず、鹿田が挙動不審にどこだどこだと探していると、そのマジシャンはもともと置いてあったテーブルの上のおーいお茶のペットボトルを指さす。するとなんとそこにはサイン入りのトランプが入っているではないか。

勿論未開封のペットボトルだった。僕はそれをお土産にもらい、そしてショーが終わった。あの時の興奮たら、なかったな。

しかしコロナだ。結局、僕にとっての素敵な店は駅前から消え失せてしまった。リアルマジシャンRYOTA(マリックの弟子だ、テレビでも手品の特番だとよく出ている)のショーを見て、その後もう1度寄ったきり、2度とそこに足を踏み込むことはなかった。コロナ明けにはまず、手品家で2次会と思っていたのに。

手品家郡山店が閉店するのをしったのも、Twitterづてだった。とてつもない切なさと共に、そうなるであろう可能性も考えていなかったわけではなかったから、自ら納得するにはそう時間はかからなかった。これまでも、楽しい飲み屋をみつけては行きつけにしてきたが、手品家は僕の終着(執着)地点といえるほど、最高の場所だった。けれど最後の最後、華麗に消えたとあっては(もちろん、汲むべきものくらい鹿田にもわかるが、そう納得した方が楽だった。それにあんな素敵な、夢の住人みたいな人たちだ、余計な詮索はいらないよね)素敵な思い出として心に刻む以外は、野暮に思えた。

でもこれでおわりじゃない。

きっとコロナ明けにはまたどこかの店に入り、いつしかまたなじみの店も増える。これまでにもなじみの店が消えては新たな店を開拓する、その連続だった、それにまた景気が戻れば、再び戻ってくるかもしれないし。

ん、そんなしんみりした話などしたくはなかったのだが、今一度手品家にありがとうといって、鹿田は生ジョッキ缶で乾杯だ!


さらば!


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