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アルタイルの酒場までのちょっと長い話

寒い夜の中にいる。窓は結露し1つ1つの線をなぞる水滴の集まりは、満たされると一斉に崩れる。手を触れると冷たく、手を離せば心地の悪い水が、手にはりつきそのまま体温を奪っていく。窓は曇る。月を隠し、空の正体を明かさない。黙っている。

寝巻の上着の腹のあたりで拭う。胃をつかむ僕の影の手を見つめる。雪の降った、その日の夜。また少し奪われた。気の付かないまま奪われた。影の手に重ねるように、そっと手を腹部にあてると、じわっ、と、己の体温が確認できる。ふ、と、夏の日差しがよぎる。くの字になり、月の光りは窓から鈍く届くが、余計に輪郭がぼやけた。手を再び月に掲げるが、指先は濡れたままだった。

ほのかひだまり浮き立つような腹部を抱えゆっくりと立ち上がる。窓の曇りを手のひらで再び拭い、月と対面する。裸足の裏側がかじかみ、床はゆっくりと感覚を奪い取ってゆく。青い、月があった。裏側をこちらに見せ、表情を隠す冬の月。ほら、と、寒さにプルタブをあけなかった缶ビールを見せる。しかし微動だにしない、ハリボテではない、本物の月なのに。(僕には分かる)缶を掲げ、夜に響かせるようにゆっくりとプルタブをあけた。

カプス

想像以上に響くその音に驚く。夜空はよく見れば思いの外広く、曇りがちのその宇宙は暗澹と威圧をかけているようだった。月もときおりかすめる雲に頭を出したり隠したりしている。裏側の、その本性を秘めた素顔はいったいどんなふうだい、今。ふざけて、口を突き出し、息を吹きかけ、雲をちらしては遊んでいるんだろう?もう少し、焦らしてやろうかって。もういいよ、負けたよ、月。

君はいつだか、オレはお前の心象そのままだなんて言ってはストレートのウィスキーをかっくらっていたが。

本当にそうだろうかと最近改めて思う機会があった。その詳細はここではかたるまい、何より君ならその改めている時点で、ズレが生じていると隅を突くだろう。ストレートでいけ、そう言っては陽気に赤い顔して地平線に威風堂々と鎮座する君と、僕とでは大本から違うはずだ。いったい、なんの共通もしくは共感があって、あのとき話しかけてきたのだろう?

すっかり雲に隠れてしまった月を見て、僕は早々と諦めベッドに横たわっては目をつむる。静かな冬の風があたりに吹いていた。心が落ち着いていく感覚を感じる傍らで、冬のその侵食もまた確かに感じてしまう。そういった不器用な夜を毎回重ねていくうちに、月との感覚がずれていってしまうのは毎年だ。いや、夏の僕と、冬の僕、だ。今ここでしっかり断言しよう。月、いつもいつも君にはおんぶにだっこで嫌気が差してしまうかい?…少し離れてみよう。

窓を開け放つ、冬の風を受け入れる、受け入れようと思う。けれど冬の風はその他の季節の風とは異なり、不躾に部屋に侵入しては僕の余韻という余韻を奪ってはさよならも言わずに去っていく。部屋に取り残された僕はカラカラになった体を抱え、くしゃみしては悪態をつくしかない。だから…

夏が僕の存在意義なのだとしたら、その対にある冬とは何なのかと考える。自己分析みたいなものだ、実際は違う、なぜなら僕は冬に自分を客観視することは絶対できない。だから、ふりをする。夏が好きな理由は数多、具体性を持って述べられるけれど、冬が嫌いな理由は、寒い、運転が面倒、静か、…述べることはできるがどこかに、もっと重要な冬の意味が置き去り担っている気がして仕方ない。場合によってはその冬の真実を知ることができたとき、僕は夏の正体を、暴くことができるのかもしれない。

いつも夏になればその魔法にかかり、肝心なことから遠ざけられ、つかもうにつもつかめない夏の真実、夏の幻、その中にある具体的な夏の本体を暴くことができなかった。決してノスタルジーや懐古癖だけにとどまらないはずだ、僕の夏に対する熱望は。いつかそれを解き明かしたい、夏の奥底にある宝箱をあけたい、そう思って生きてきた。

それで、なあ月。

お前がその鍵を持っているのかな?

とある界隈ではお前がキーだと考察者が語っていたぞ。そういう意味では君は確かにフィクション的で、奇妙なやつだけれど。けれどそれを知ったところで箱の中身がわからないんじゃ、どうしようもないんだよ。君と僕は384,400kmも離れているが、不思議と通じるこの感覚の正体を、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな。

え、公には教えられないって?

わかった。じゃ、今日はここらへんで記事を閉じるからさ。え?ああ、勿論、ちゃんととってあるよ、今日はね、アルタイルの酒場がとれたよ、懐かしいだろ?

てなことで、またね。

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