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南アルプスに行ってきた。〜鳳凰三山(地蔵ヶ岳・観音岳・薬師岳)〜

目次
・スモールトーク・ビッグマウンテン
・ドンドコ沢
・ダイイングメッセージ
・ノルウェーの森
・砂の惑星、オベリスク
・クライマーズ・ハイ
・モノクロ世界
・ショートカット


・スモールトーク・ビッグマウンテン
 GW序盤。23時頃より都内からレンタカーのハスラーに乗り山梨へ向かう。ペーパードライバーのわたしは山道経験を積むべく、下道を運転した。対向車が来ない深夜だからよかったものの、3回はあの世へのドライブをしてしまった。ペーパードライバーはいよいよ笑えない。本当にわたしは免許を持っているのか?不安になる。3時半にに駐車場に到着。1時間半の仮眠を取り、今回一緒に登る中年男性と合流(ヨシさんと呼ぶことにする。)普段山登りをしているTと同僚だった人物で、偏屈者と話を伺っていた。後々そんなことは無かったと判明するのだが、第一印象はAI会話ロボットのような応対をする人だと思った。初対面ならではの当たり障りのないスモールトークをしながら、今回目の前に待ち受ける大きな試練、3000m級の縦走となる鳳凰三山(地蔵ヶ岳・観音岳・薬師岳)のことを考えるのであった。

・どこどこドンドコ沢
鳳凰山ドンドコ沢コースでは沢沿いをどんどこどんどこ、これでもかと進んでいく山道だ。道中には南精進ヶ滝、鳳凰滝、五色滝があり、マイナスイオンを感じることができるというマイルストーンを持ちながら登ることができる。特に五色滝は滝壺まで行くことができて、事前の轟を全身で感じた。人気のない山でのメリットの一つとして、景勝地のような自然に誰にも邪魔されず触れることができる点だ。

・ダイイングメッセージ
道中に「山道」「ファイト」といった看板があった。それがいかにもここで力尽きましたを示すような血文字だったので、電波の繋がる場所でSNSにダイイングメッセージみたいだと投稿した。数時間後に気がついたのだが、ダイニングメッセージと投稿していたらしく、何人もの友人たちから「ダイイングメッセージでしょそれ」とツッコミを受けることになった。意外と自分の月並みな投稿も見られているんだと驚いた。間違いに手厳しい世の中である。まだ生きていきたい。

・ノルウェーの森
ドンドコ沢を超えると、大きく開けた場所に到達した。標高は2200m程で森林限界に差し掛かるくらいの地だ。その場所の印象は村上春樹風に言わせてもらうならばノルウェーの森だ。北欧の深い緑と澄んだ青と5月に差し掛かるにもかかわらず溶け切らない雪。
山中なのでフィヨルドとは異なっているが、ふと単語だけ思い出した。フィヨルドは、峡湾、峡江ともいい、氷河による侵食作用によって形成された複雑な地形の湾・入り江のことで、ノルウェー語が元となる言葉だ。学生の頃地理の授業で勉強したことは、人生のどこかで身を持って体験する機会がどこかで存在する。勉強が面白いと感じるきっかけは机上とリアルの双方必要だと思う。時間と金銭的な都合が合えば、自分の目で見に行くを続けたい。

・砂の惑星、オベリスク
地蔵岳の尖塔は、地蔵仏岩とかオベリスクと呼ばれていて、甲府盆地からもよく見える。この頂に最初に登ったのは、英国人、ウエストンであったことはよく知られている。時に明治37年(1904)7月14日、単独登頂であった。そんなオベリスクを間近で見ることが目的の一つだった。鳳凰小屋を超えて残り登頂時間は一時間程だと意気込んでいると、そこには急坂で崩れやすい、どこか別の星の惑星のような世界が広がっていた。これは本当に正規のルートですか?と何度か地図を確認するも、たしかに合っているようだった。正直合っていて欲しくなかった。後ろを見てみると、白い雪がかかった富士山が半分切れて見えている。ああ、またこの標高に登ってきてしまったのか。辛くも止めることができない、一種の病だとも思う。ああああっ。ううううっ。1人で呻きたい時にはぜひおすすめのコースだと思う。私は楽な道を求めるあまり、右側に逸れたクライミングをした結果、地蔵岳をかなり超えてオベリスクの中腹まで登り詰めていた。

・クライマーズ・ハイ
地蔵ヶ岳を登頂し、時間は14時過ぎ。このままピストンで青木鉱泉まで引き返すのがセオリーな時間だ。ただ、稜線自体は2時間で巡れることと、私たちは首都圏、静岡とそれぞれ集結していることから、また近いうちにアタックすることは難しかった。ヨシさんは「行けるところまで行きたいです。今年は富士山を登り切らないと行けないので」と強く縦走を望んでいた。おそらく富士登山よりも過酷な経験を積んでいると感じていたが、その熱量によって我々は縦走を継続することになった。引き返す登山が重要だということは、以前甲斐駒ヶ岳で雪を踏み抜き、膝を痛めたことで登山を継続できなくなったことで学んでいた。きっとヨシさんは一種のクライマーズハイだったのだろう。

私は観音岳・薬師岳の稜線は大きく起伏もなく、予想よりもかなりいいペースで進むことができた。開けた景色と進む以外帰る術はないというタスクフォーカスから発動したクライマーズハイが影響だろう。足が面白いくらいに軽かった。次の一歩をどこに置いたら良いか感覚で分かった。軽度の頭痛と引き換えに高揚感の状態で、薬師岳の頂上に立っていた。そしてまもなく、西日に照らされていた。登ってきた反対側には甲斐駒ヶ岳や北岳といった南アルプスを代表する山々が聳え立っていて、冷たい北風を運んできた。

・モノクロ世界
薬師岳でヨシさんは満身創痍で親指を立てていて、もう1人も外反母趾が痛いと嘆いていた。下山を始めると早くも軽アイゼンを装着し、雪道を下ることになった。時には滑り台のように雪上を駆け降りた。暗くなる前に雪の無い道に出ましょう。次のマイルストーンを見ると、2時間50分と出ており、ほとんどあてにならない数字だった。程なくして山は暗闇に包まれ、自分たちの足元しか見えない世界へと変貌した。登山でよく見かけるピンクの印も途中から白黒に見えてきてしまうので、なかなか歩みを進めることができず、3時間経ったものの予定の2/3ほどしか進んでいなかった。これは皆の心を疲弊させたし、本当に来た道が正しいのかも疑問に思ってしまう程だった。

そこから私は心を無にして足を前に運んだ。1日に変わる標高差が大きかったためか、頭には鈍痛が襲った。時々足を木の根っこに引っ掛けてしまったが、痛みは無かった。30分毎に休憩をして、その度にガサガサの地面に倒れ込んだ。汚れという感覚は無かった。そのまま空を見上げると、標高には見合わない数の星が輝いていた。ヨシさんは寒く無いのでそのままビバークしても良いと言った。ビバークとは予定通りに下山できず、山中で緊急に夜を明かすことだ。たしかにそこまで寒くないし、足がもう動かないので、それでもよかった。ヨシさんは次の日が仕事なので、ビバークしたい気持ちだけで実際には山を降りないといけないのだけど。


・ショートカット
ようやく下山の目処が立った、24時に車に戻れそうだった。最後の1時間は整備されたほぼ平坦な道のようで、その内20分をショートカットできると記載してある。ショートカット箇所の木に印が付いているとアプリには記載があったので、その付近まで歩いた。何度か平坦な道で横倒れになって休憩をした。辿り着くとショートカットの印が本当に付いていた。どうどうと水の音が聞こえていたので、その方向に進むと、流れの強い川が見えた。ただ、いくら探しても誰かが渡ったような形跡はなかった。代わりになんとかジャンプすれば届くようなヌカルんだ岩を見つけた。もし落ちたらザックまでずぶ濡れになるだけではなく、かなり流されてしまうような水流だった。視界が相変わらずライトの範囲だけで悪い中、ヨシさんは躊躇わずそれを飛び越えた。「早く!」我々は何かに追われている訳ではないので急ぐ必要はない。ただ早く帰りたいだけだ。私もなんとか向こう岸へ飛び、登山とは異なる精神をすり減らした。川から上に登る必要があり、夕方以来となる急な坂を死に物狂いで登った。足の感覚は無く、怪我をしていても分からなかったと思う。ショートカットとは名ばかりで、川を渡るまでに40分ほどかかったと思う。ネットの情報、特に楽できるといった甘い内容なら簡単に信用してはならない。そしてようやく自分たちの車に辿り着くことが出来て、私たちの18時間以上に渡るロングランは終わりを迎える。素人3人怪我なく降りることができたことは幸いだったと思う。

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