見出し画像

ICTを活用した歯科診療の可能性 ─ へき地歯科からの提言

月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,コラムを掲載しています. 本記事では5月号に掲載した「ICTを活用した歯科診療の可能性」を全文公開いたします(編集部)

澄川裕之/澄川歯科医院,匹見歯科診療所

島根県歯科医師会医療管理部が行った調査で,県内の中山間地域において受診困難になる地区が大幅に増加する可能性が示された.いかに住民に歯科医療を提供していくか,課題が山積している.

一方で,口腔内の直接治療が前提にある歯科医療であるが,口腔健康管理という概念の登場で管理型診療が進んでいる.
ICTを有効に活用することで,へき地歯科医療を少しでもカバーできないか,その可能性を日常の診療から模索したい.


へき地で2医院を運営

筆者は,いわゆる普通の“1人開業医”であるが,1人で2つの歯科医院を掛け持ちしている.1つは自身で開業した歯科医院(中山間地域)で,もう1つは益田市からの依頼で運営しているへき地の匹見歯科診療所である.
本院の都合から,匹見歯科診療所では水曜日の1日と土曜日の午後に診療を行っている.

益田市匹見町は,市中心部からは車で50分,本院からは40分ほどかかり,冬は豪雪地帯に指定されている.人口は1,104人(平成30年5月末現在),高齢化率59.87%,面積は300.08km²で,東京23区(619 km²)の半分の面積に匹敵する.

匹見歯科診療所が休診の日に,匹見地域の介護施設から本院に「入居者の義歯が割れたので,診療日に修理をしてほしい(例1)」「入居者の歯肉が腫れて痛みがあるようなので,診療日に診察してほしい(例2)」といった電話が入る.
現状の運営体制では即座に緊急対応ができず,しばらくは急性症状に耐えてもらうしかない.


画像2


ICTをへき地歯科医療に生かす


例1に関して考察すると,当院には匹見地域在住の歯科衛生士が勤務していることから,この歯科衛生士を介護施設に派遣し,本院とオンラインで結び,応急として歯科医師の診断・指示により歯科衛生士が義歯修理のための印象,それを本院に運び修理を行い,届けるというのはどうであろうか.

もちろん,診断の結果,すぐに義歯修理ができない場合も想定されるが,すでに診察していることから,準備や心構えも含めて診療日の診療効率が上がることは間違いない.仮に処置ができなくても,一次診察ができる価値はある.

次に例2の化膿性炎症などの急性症状に関して,派遣した歯科衛生士からの口腔内所見の情報とオンライン診療の組み合わせで,歯科医師のオンライン診断の精度が向上すると思われる.
そのうえで,派遣した歯科衛生士に対して,感染部位への口腔ケアや消毒,投薬の指示が可能となり,急性症状の緩和に寄与できると思われる.

また,広い面積を有する中山間地域では,訪問歯科診療の効率は決して良いとは言えない.
一方で,訪問歯科衛生指導や居宅療養管理指導などでは,それぞれ1カ月,3カ月以内には歯科医師の診察を要する.歯科医師はICTを活用して診断・指示を行い,歯科衛生士からの情報をもって管理・指導ができれば,へき地の訪問歯科診療の非効率さを補えると思われる.


専門的分野の診療体制


匹見地域の患者の多くは遠距離移動が困難な高齢者である.対応できる口腔領域の疾患は,筆者個人の診療能力の範囲内のものとなり,より専門的な診療を受けるためには時間的な労力を要する.
口腔粘膜疾患や摂食嚥下リハビリテーションなど専門的知識を要する診療に関しては,オンライン診療による専門医との連携体制の構築が,へき地の住民への医療サービス向上につながると思われる.
ICTの活用は,専門性の高い診療を,住み慣れた地域で生活しながら受療できる可能性を含んでいる.


しまね医療情報ネットワーク「まめネット」


島根県のしまね医療情報ネットワーク(愛称:まめネット)は,県主導で推進されており,全県を結ぶヘルスケアのためのネットワークである.
本年1月末現在,900を超える県内の病院,診療所,薬局,介護施設等が参加し,患者さんの診療情報を共有することでより質の高いサービスの提供を目指している.

島根県は東西に約200km,その中には中山間地域もあれば離島もあり,豪雪地帯に指定される地域もある.
へき地の歯科医療機関が,他の医療機関や介護施設などと医療情報を素早く共有することは,人的にも時間的にも非効率なへき地の歯科医療を,少しでも効率良く改善する可能性がある.もちろんこれは,へき地に限ることではないであろう.


まとめ


コロナ禍の状況は,人的・物理的・時間的に医療資源が豊富な都市部においても,へき地と同様に人がいない状況を生み出したように思われる.
平時にへき地歯科医療の話題を提供しても,そこに携わっていなければイメージが湧きにくいこともあるが,コロナ禍を経験した今なら,都市部の多くの先生方にもご理解いただけることもあるのではないだろうか.

医療は患者と対面での実施が基本であることは言うまでもないが,状況や環境によっては,ICTが活用できるように法や制度を見直していくことも時代の要請に応じて必要ではないか,と思われる.

参考文献
*1 澄川裕之:ICT の活用による,離島・中山間地域の歯科医療体制の可能性について─ICT はへき地歯科医療の救世主になれるのか.医療情報学,40(Suppl):355-357,2020.

関連リンク
月刊『日本歯科評論』5月号
※シエン社でのご購入はこちらから

月刊『日本歯科評論』のSNS
LINE公式アカウント Facebook Instagram Twitter

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?