さよならの儀式
桜の季節である。花は盛りを、月はくまなきをのみ見るものかはと言ったのは兼好であったが、凡人はやはり盛りの桜に心ときめくものだ。勿論兼好が言うように、桜の蕾がふくらむのもどきどきするし、春の嵐が桜を思い切り散らすのにも、心はぞわぞわする。それでも一番好きなのは、満開の桜の下をそぞろ歩きながら、時折吹く優しい風に花びらがふわふわと舞うのを視線で追っていく、そんな瞬間だ。
4月になり保育園の年長さんになった孫のいっちゃんを送りながら、そんなことを考えていた。保育園の門の脇にある桜も今や満開で、その舞い散る桜の花びらの向こうで子どもたちが遊んでいる。仲良しのケンちゃんが、いっちゃんを見つけて駆け寄ってくる。そして手をつないで子どもたちの輪の中に連れて行こうとする。いっちゃんは一緒に駆け出したが、途中で「けんちゃん、ちょっと待っててね。」と言うと、私のところに戻ってきた。
「ばあば、じゃんけんしよ。」と言って
「最初はグー、じゃんけんぽい。」とじゃんけんを始めた。
最初はいっちゃんの勝ち、2回目は私が勝った。するといっちゃんは
「ばあば、パーを出して。」と言う。負けたのが悔しかったのかなと思い「わかったよ。」と言うと、いっちゃんはにこっと笑って、もう1度、
「じゃんけんぽい。」
てっきりチョキを出すかと思ったのだが、意外なことに、いっちゃんが出したのもパーであった。そしてそのままパーの手を振り始めた。桜の花びらの下のじゃんけんは、かわいいさよならの儀式だ。そう気づいた、その刹那、私はなんだか胸がいっぱいになった。