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私が奪われてしまう前に


バッシャーァと勢いよく水を流す。汚れを拭き取り、汚れがゴミ袋の表面につかないように丁寧にゴミ袋へ放り込む。靴底についた汚れも拭き取り、転がっている空薬莢がないか確かめて路地裏を立ち去る。金曜日だからなのか飲食店が並ぶ路地には人が溢れている。人に揉まれながら指定された公衆電話にようやく辿り着き、公衆電話の設置されている机の隅に10円玉を並べてから番号を入れる。何回かコールしたあと相手がでた。
「依頼通りだ」
「そうか…」
受話器越しにボイスチェンジされた音声が聞こえる。
「死体は袋に入れて現場に、掃除はしておいたからあとは回収するだけだ」
「上出来だ。また頼む。」
ガチャッと通話が切れた。
次の日、土曜日にメールで依頼が来た。新しい客のようで駅近くのカフェに呼ばれた。どうやらそこで商談をするらしい。いつものようにスーツを着て、一応拳銃も持って指定された場所に向かう。
 「待ってたよ」
カフェに着くと入り口の前で女子高生に声をかけられた。一瞬戸惑ったがすぐに理解した。彼女が依頼人なのか。
「カフェオレで、あ、モーニングセットもつけて」
「ブラックのコーヒーを」
彼女はシンプルなリュックを下ろした。髪型はショートヘアで学校でもないのに制服をきっちり着ている。
「本当に来てくれたんだね」
「それで仕事は?」
店員がカフェオレとブラックコーヒー、モーニングセットであろう厚切りのバターが塗られたトーストが二人座りについている小さい机に置かれた。
「おお!一回食べてみたかったんだよね、このモーニングセット」
「…それで仕事の内容は?」
「ああ、仕事ね、うんうん」
彼女はカフェオレを一口飲むとあたりを見渡した。そして一回り小さな声で言った。
「明日私自殺するんだけどさ、それまで着いてきて欲しいんだ」
飲んでいたブラックコーヒーを置いた。
「それは…明日になったらあなたを殺すということか?」
「いやいや、そういうことじゃなくて私は勝手に自分で明日死ぬよ、あなたに依頼したいのは私が死ぬまでの間ただ一緒にいればいいだけ、護衛でもなく、暗殺でもないよ」
 変な依頼だ。
 渡された茶封筒にはずっしりと金が入っていた。ただ女子高生についていくだけ、絶対1日で終わる。コスパとしては最高の仕事だ。
名前を聞こうとしたがどうせ仕事が終わってしばらくしたら使わなくなるからと聞かなかった。
 まずは映画だった。恋愛モノだったら嫌だなと思いながらチケット売り場に並ぶ。もう見るのは決まっているらしくすぐに決めていた。スタッフが気を利かせたように「カップル割りもあるんですがどうしますか?」と言ってきた。断ろうとしたら彼女が「それで!」と言ってきた。もしかしたらこの仕事結構しんどいのかもしれない。
 映画をみた。予想と違いガッツリとアクション系だった。最愛の人を守るために戦う主人公と主人公に恨みを持つ悪役。王道を行く映画だった。
「やっぱりエンドロールは最後までみなくちゃね」
彼女は氷だけになってジャラジャラと音をたてる紙コップをゴミ箱に放り投げた。
 映画館を出て「よく行く本屋」がある駅に向かっていた。
「おっ、シノザキじゃーん」
彼女の肩がビクッとはねる。
後ろを振り返るとジャージを着た女子高生3人がいた。一人が彼女に肩をかける。
「ところでさぁシノザキぃ今日なんで練習来なかったん?」
彼女は黙ったままだった。小さい手がぎゅっとさらに小さくなる。
「先輩に駅で遊んでサボってたって言っちゃおうかなー」
ギャハハ、ひどいじゃーんとその3人組はシノザキを中心に騒ぐ。通行人は見て見ぬふりなのか誰も止めようとしない。我慢の限界だった。
「おい、いつまでそんな奴らに構ってるつもりだ。行くぞ」
「はぁ?部活サボってるシノザキが悪いのになんでそんな言い方されなくちゃいけないんですか?そもそもアンタ誰だよ。警察呼びますかぁ?」
間髪入れずに3人組の恐らくリーダー格が食いついた。残り二人はリーダー格の後ろで「イケメンじゃね?」「やっぱそうだよね?」とヘラヘラ笑っている。シノザキを見ると自分の方を向いていた。涙目だが目には明らかな反抗心があった。つまり依頼人は「やっていい」と言ってくれてる。
「部活をサボったかどうかは知らん。学校の問題だからそっちで勝手にやってくれ、それと俺が誰だという質問についでだが」
チラッとスーツの内に吊ってある拳銃を見せる。
「通報する必要はないぞ」
3人組はだんだんと青ざめていく
「今後やらないなら上には報告しないがどうする?」
「すみませんでした」
また間髪入れずに返事が来た。
「部活の練習で疲れてるだろうから気をつけて帰りなさい」
「はい…」
3人はそそくさと逃げていった。
「ありがと、でもただ着いてくるだけって言ったのに護衛させちゃったね」
彼女は悲しそうに言った。
「俺が勝手にやったことだ。それにこれくらいのことを護衛とは言わないさ」
 そのあと、駅の中にある本屋に行き、そのまま電車に乗った。昼間というのもあって電車に人はほとんどいなかった。
「あの、聞きたいことがあるんだがいいか?」
彼女は読んでいた本屋で買った本を閉じた。
「いいよ」
「なんで依頼を出したんだ?」
電車がカタンカタンと定期的に振動する。しばらくして彼女は喋りだした。
「うーんそうだね。最初に会ったときも話したけど明日自殺するでしょ?でもその前に誰かとこういうことがしたかったんだよ」
「それならなぜ俺なんだ?」
「他人が良かったんだよ。素っ気ないくらいが調度いいと思ったのと単純に最期に見る顔が学校の奴っていうのはやだっていう理由かな」
 ついた頃には鈍行というのもあって夜だった。
「私初めて海みたわー」
有名な観光スポットらしい倉庫をリフォームした商業施設内のカフェ。遠くの石油コンビナートやらのライトが眩しくちらついている。テーブルにはカフェオレとブラックコーヒーが置かれている。
「今日は色々ありがとね」
「いやこっちも仕事なのに楽しかったよ」
フッと目を合わせて笑った。
「私も楽しかった、映画の主人公みたいだったね」
俺はよく理解できず少し黙ってしまった。
「ほら、あれだよ、3人組の時」
「ああ、でも残念ながらどちらかというと俺は悪役の方だぞ」
「善人か悪人かは見る人によって違うからクルクル変わっちゃうんだよこの世界は」
大きな窓の外から見える輸送船を見ながら彼女は言った。
「最初は私もその中で上手くやれてるはずだったんだよ学校生活頑張るぞーって。引越し先の学校で上手く馴染むようにさ。でもだんだん我慢することが多くなって自分の大切なモノを失っていくようでさ、だからこれ以上『私』を奪われないように私は明日死ぬんだ。」
彼女はカフェオレが入っていたグラスの中の氷をストローでクルクルと回転させていた。
「変な話しちゃった。それじゃそろそろ私は行くね」
彼女に錠剤を渡した。
「これは?」
「こっちの世界でよく使われる自決用の薬だ。楽に死ねる」
「依頼料以上のことさせちゃったね」
彼女は悲しそうな顔をした。
「初めての顧客にはサービスするもんだ」

ありがと

彼女はそう言い残してどこかに消えた。

帰りの電車、終電だから人は自分以外にいなかった。窓ガラスに映った自分の横に彼女がいるような気がした。彼女の通っていた学校は当分騒がしくなるだろう。
 いつもならどんな金だろうと使えるのだがなぜか彼女からもらった金はいつまで経っても使えない。だから今も茶封筒に入ったまま机の上に置いてある。