日向ぼっこ02

「そういえば、レオが来てから1週間だね、所長」
クロの手の中にあるアルミ缶が「プシュ」音を立てた。
「そういえばそうだな」
所長は手元の書類にサインをしながら返事をした。その時ドアがガチャリと音をたてた。
「おはようございます」
レオはプラスチックのコンテナボックスにさらにノートパソコンを持っていた。
「レオくん大丈夫かー」
所長が書類から目を離してレオの方を見た。
「大丈夫です…」
レオは机の上にコンテナを置いた。ゴト、という鈍い音と共にすでに机に置いてあったコーヒーがこぼれそうになる。
「今日は随分荷物が多いね」
所長はコンテナを覗き込んだ。
「ナツさんの荷物らしいです」
コンテナの側面にはガムテープが貼ってあり、「精密機械につき、関係者以外の取り扱い禁止」と丁寧な字で書いてあった。ガムテープの端から端までを使って、しかもバランスよく書かれているのだから職人技だ。
「本当、助かりましたよ、ありがとね」
遅れてナツが入ってきた。レオとはちがい片手で持てるくらいの箱とのノートパソコンしか持っていなかった。
「あー!ナツが新人いじめしてるー!」
「適材適所ってあるだろ?レオくんもちゃんとオッケーしてくれたし」
とナツが反論した。
「今日はあの部屋じゃないんですね」
レオは部屋を見渡した。地下1階の資料室の隠し部屋と違い天井も高く、広々とした空間に4人と1機のドローンがあった。
「わー!この部品みたことなーい!」「新型の機械かい?よく手に入れたじゃないか」
レオが後ろを振り向くと所長とクロがレオが運んできたコンテナを覗き込んではしゃいでいた。
「ナツさん、このドローンそのまま使えないんですか?」
「そのままのドローンじゃこの前の例のドローン見たくなっちゃうからね。これでデータが取れるといいんだけど」
ナツは主にデータ分析など、パソコンを使った仕事に特化しており、所長とクロはメカに強い人材だった。
「よし。今日は改造して明日打ち上げるぞ」
所長は部屋の端に置いてあるホワイトボードにTODOリストを書き込んでいく「カメラの取り付け」「射出装置の取り付け」「配線」などなど、どんどん書き込まれていった。
「部品取り付けはクロと私がする。ナツくんはソフト面で調整してくれ、レオくんはクロのサポートね」
所長の一言で作業が始まった。


 「ほら、なにボサッとしてんだいくぞーレオ」
ボスボスと背中をクロに殴られてた。1週間この研究所にいるが一番分からないのが彼女だった。他のスタッフと年齢が違いすぎる。若いどころじゃないのだ。幼いと若いの間をいくような容姿で背もだいぶ低かった。俺と頭2つ位違う。
「そこにあるパネル外して。私じゃ届かない」
「…どのパネルですか?」
距離感が分からないからこそ敬語を自然に使っていた。まぁ軍にいた頃の癖もあるのだろうが。
「右側のパネルだよ」
見ても分からない。ドローンの背中にあたる部分なのだが外せそうなパネルが5枚くらいあった。
「あーもういいよ私する」
しびれを切らしたクロが俺の服を引っ張った。
「ん」
クロが地面を指差す。数秒間シーンとしたよくわからない時間があった。
「ほら、早くしゃがんで」
今彼女は俺の背中に乗っかろうとしているのだろうか、いや、それなら
「…脚立でよくないですか?」
「遠いから」
たしかに脚立は今作業している場所から少し離れた所にあったが違う部屋にあるわけではなく走ってとって来ればすぐの場所にある。
「でも…」
と言う前に彼女は俺の服を引っ張って無理やりしゃがませてクロが肩に乗っかった。
「ほら、はやくはやく」
めずらしくクロははしゃいでいた。クロはさっきまで俺が苦労していたパネルをテキパキと外していく。
「上手すぎじゃね?」
視界の上から伸びる手はどんどん部品を交換したり、電線を繋いでいる。
「まぁ小さいころからやっているから」
「その、クロさんはどこ出身なんですか?」
ぴたっとそれまで作業していた手が止まる。背中に嫌な汗が一筋流れる。もしかしてやらかしたやつか。
「…教えたくない」
この答えは完全にやらかしたやつだと思った。

少し気まずかったがクロのスキルが凄まじく、ほとんど一人で仕上げてしまった。ちなみに所長は所長としての仕事が多いらしく、あまり作業には参加しなかった。



次の日、最終点検をして改造済みのドローンが発射された。
「おー、ちゃんと飛びましたね」
雨のなか改造されたドローンはどんどん遠くなっていく。
「そりゃレオくん。私が作ったんだ。ちゃんと飛ばなきゃ困るね」
クロは自慢げに言った。この前の気まずかった会話から時間がたち、クロとレオの関係は改善していた。
「よかったねぇ」
所長も少し興奮気味に窓に顔を近づけた。
「あれ、所長、ナツさんはどこに…」
「彼は今あれを動かしているんだよ」
数秒の内に米粒のようになってしまったドローンを指さした。
「神業だよなー、あれ動かすの」
クロはそう言うと髪の毛を手ぐしで整えながら食堂へ歩いていった。
「さて、あとはナツくんにまかせて私達もご飯を食べるとするかね」
所長はようやく窓から離れてレオの方を向いた。
「そうしましょう」
レオは雨のやまない風景を映し出す窓から離れた。