「ピッ、ピッ、ピッ、ポーン」
「6時になりました。定時連絡を始めます」
聞き慣れた無機質な合成音声が定時連絡を始める。デジタル表示の時計の画面が暗い部屋で明るく点滅する。
「今日の天気はおおよそ晴れ、降水確率は30%……」
布団がもぞもぞと動き、「うーん」という唸る声がし、また夢の続きを見ようとした。
「また二度寝するつもり?」
布団からはみ出た左手首に装着された時計型のデバイスから生意気そうな音声がなった。
「うるさいなぁ、アリス。今いい所だったんだよ」
「二度寝してまで夢の続きみたいの?はぁ人間には理解できないところが多すぎるよ…」
「アリスも夢みたらいいじゃん」
「機械は夢をみることないの!」
私は暖かい布団と別れを告げながら伸びをする。
「以上で定時連絡を終了します。今日もお仕事頑張りましょう」
ほとんど聞いていなかった定時連絡が終わり、私はベットから離れ、2本の足で床に立った。
部屋をなんとなく見回す。
1人で生活するには十分だがそれ以上は難しいくらいの広さの部屋にはさっきまでその上で睡眠を貪っていたベットと私の腰くらいの高さがある本棚、その上には定時連絡と時刻を伝える置き時計。部屋の隅にはダンボール箱が置いてある。
「今日は何がいいかな」
「ルーレットする?」
先刻視界に入った部屋の隅のダンボール箱の中身を覗きこむ。
「いや、今日は辛いのにチャレンジしよう」
中辛と書かれた赤いパッケージの保存食料を取り出す。
「えーッ、ルーレットしようよ」
「また今度ね」
「ケチ」
アリスは不機嫌そうな声を出した。
ジェリ缶を取り出し、水を鍋に注ぎ、ガスの火にかける。
「そろそろガスの在庫確保しなきゃなぁ」
「現在の在庫は未使用缶が10本だからまだ大丈夫だよ」
「そうかね」
私は椅子を引き寄せて座った。
「そういえばなんで辛い食品は赤いパッケージなことが多いんだろうね」
アリスはデバイスに内蔵されたスキャナーで今日の朝食の保存食料をスキャンした。
「優秀なんだから、私より知ってることは多いだろ」
私はアリスがスキャンしやすいように左手を赤いパッケージにかざすようにした。
「そりゃ人間の持つ欠陥品のメモリとは違うからね、けどデータがあっても理由はわかんないんだよ」
「ふーん、そうなんだ」
フツフツと水が沸騰し始めると私は保存食料を覆う薄いフィルムを剥がし、ベリベリと蓋を外し、容器の中にお湯を注ぐ。湯気とともに少しずつ美味しそうな匂いが漂う。
「5分だよ」
「何が?」
「5分待つの」
「あぁ、いつものね」
私はカップに注いだ水を飲んだ。
「赤いのってさ、あれなんじゃない」
「何?」
「ほら、この前あったじゃん、赤い粉末が入った袋」
「7日前の旧商業施設の探索で見つけた物資のこと?」
アリスはそう返事をした。
「あー、多分そう」
「欠陥品メモリ」、ボソリとアリスがそう言った。
「袋に辛という文字があったことから可能性はあるけど余りにも短絡すぎない?もっと理論的にいきなさいよ」
「欠陥品メモリにそんな能力ないよ」
私はアリスに言い返した。
「あっほら5分経ったよ」
「頂きます」



 「中辛であれなのか…」
「体温の上昇を検知するくらいだったから相当だったみたいだね」
デバイスの画面には「体温の上昇を検知」と表示されている。
「そもそも中辛って誰の基準なんだよ……」
「ほら、そんなこと言ってないで早く着替える」
「はーい」
私は髪を雑に後ろで纏め、Tシャツの上からジャケットを羽織る。
玄関の近くに置いてあるロッカーを開く。
「アリス、今日の予定は?」
「Cの2地点の駅の探索だよ」
デバイスの画面が明るくなり、空中に拡張画面を展開して地図を表示した。
「ほーい」
軽い返事をしながらロッカーからリュックやらの装備品を取り出す。ニーパッドを装着し、手袋をつける。万が一の為のライフルも忘れない。
一通り装備した後で左手のデバイスを見る。
「アリス、確認」
そういうとデバイスがチカチカと光る。
「マスクの密閉…確認」
「装備の状態…確認」
「体調…確認」
「大丈夫そうだよー」
アリスは呑気そうに言った。
「ありがとう」
玄関の前にはビニールのカーテンがかかっており、二重扉のようになっていて「ジーッ」とビニールのカーテンに付いているファスナーを開けて中に入る。中では「堀口製」と大きく書かれたフィルター3台が忙しく動いている。
「フィルターの動作正常、空間の密閉確認、ドアロック解除」
アリスのコントロールでドアの鍵が「ガチャン」と開けられる。
薄暗い室内に一瞬一筋の光が入り、段々と細くなり、そしてまた元の暗い部屋に戻った。
 足元には砕けたコンクリートが散らばっていて、遠くには半壊した建物が多く見える。
「今日もいい天気だ」
ガスマスク越しのこもった声で私は青い空を見上げた。