日向ぼっこ01(お題)
ある日、ずっと雨しか降らなくなった。
広い地域で、日夜問わず、ずっと。そして戦争が起きた。
「今日から配属になりました。レオと言います。よろしくお願いします」
まだ未来のある青年はそう言って所長に敬礼した。
「よさんかね、ここはもうそういう場所ではないのだよ」
レオは少したじろぎ、敬礼を解いた。
「場所を移そうか、ついてきなさい」
所長は丸眼鏡を白衣の袖を使って拭った。パスッパスッと所長のスリッパが音を立てた。その後ろをレオがついていく。
「ここは元々気象に関することを扱う研究所で戦前はそこまで活気のある場所ではなかったのだか今では職員も増えた」
研究室はガラス張りで廊下にいても中の様子がわかり、ほとんどの部屋にスタッフがいて、作業していた。階段を下り、1階、地下1階と降りていく。
「あの、所長、質問してもよろしいでしょうか」
「なんだね」
階段の踊り場でスリッパの音がなくなる。
「所長室は2階では?」
所長は何秒か考えたあと
「いい質問だ」
と答えただけだった。地下1階になると外の忌々しい雨の音が聞こえなくなった。
「あの、すみません」
レオはなぜ地下1階に連れて行かれているのかを知りたかった。
「まぁ待て」
博士は地下の資料棚の一つを動かした。するとドアが現れた。
「レオくん。ここからは秘密で頼むよ」
「わ、わかりました」
レオは訳もよく分からないまま了承した。
隠し扉を開けると何人か人がいた。
「所長、どこいってたんですか」
「いやぁすまんすまん、ちょっとな」
所長は部屋にはいってすぐ男に話しかけられていた。さっきの作業スペースにいた人達とは全く違う人種がそこにはいた。明らかに2階で作業をしていたスタッフ達とは雰囲気が違う人達だった。レオと所長も含めて部屋には4人いた。部屋は少し広めだったがパソコンや資料やテーブルやらが置かれていて、おまけに少し散らかっていた。
「さて、レオくん。ここが君の新しい職場だ」
こんなところが俺の新しい職場なのか、レオの腹の底から怒りが上がってくる。
「あの、すみません、所長、お言葉ですがー」
レオが怒りにまかせようとすると所長が止めた。
「あんな奴らに君のような逸材を無駄にさせておく気はないのだよ、まったく、戦争なんかしている時に有用な人材を放り出すなんて」
所長は部屋のテーブルの近くに置いてあった椅子を引き寄せて座った。
「そこらに適当に座り給え、まずは歴史の授業のやり直しだ」
レオは戸惑いながら渋々と椅子に座った。部屋にいた人達も座ったが、椅子が人数ピッタリだったので座る椅子は残っていなかった。
「所長ー椅子が足りないんだけどー」
「クロか、適当にどこか座ってくれ」
「じゃあ机で」
クロと呼ばれた女は机の端に腰掛けた。はぁ、とため息を付きながら所長は体の向きを変えてレオと向き合った。
「レオくん。なぜ私達は戦争している?」
「北部にある大国が攻めてきたからです」
「なぜ?」
所長は質問を重ねた。レオは戸惑いながらも答えた。
「雨です」
「そうだ雨だ。あの国は住むところは奪われ、雨のせいで経済活動も鈍化した。当時の話だがね、民衆は暴動を起こす寸前で軍部が暴走して我が国に戦争を仕掛け今に至る。ここまではいいだろう」
所長はずれた眼鏡を直した。
「さて、ここからが本題だ。1週間前、気象データを測定するためのドローンがロストした。どう思う?」
レオの前に赤いマーカーで印がつけられている地図が差し出された。
「僕は元軍人ですよ?」
わかるわけがないのになぜ質問するのか、そう思い、レオはまた少しずついらついてきた。
「ああ、そうだよな、悪かった。これはよくあることなんだ。ドローンがロストするというのは」
軍の中で問題を起こして、とうとう終わりかと思ったところにこの研究所から拾われたことは感謝できるが仕事の内容に関していえばそうでもなさそうだと思った。
「もっと細かく説明しよう」
所長は組んでいた足を元に直した。
「ドローンはリアルタイムでデータを我々に送る。そして、ドローンがロストするのは雷に打たれるとか、敵軍に見つかって撃墜されたりするのがほとんど。つまり破壊されることイコール、ロストといっていいだろう」
再びレオの前に今度は表がプリントアウトされた用紙が差し出される。ドローンの識別番号らしき数字の横にロストされた原因の予想が書かれていた。そのほとんどが敵軍による攻撃と書かれていた。
「なぜそのドローンだけ特別扱いするのですか?」
レオが質問するのと同時だった。
「はぁ、所長、そんなことしてるとひがくれちゃうよ」
そう言うとクロと呼ばれた女、少女といってもいい年齢に見える彼女は机から腰をおろした。
「じゃあクロ、説明頼んだよ」
博士は再び眼鏡を外してレンズを拭き始めた。
「私はクロっていうんだ。よろしく」
クロはレオがきいたなかで一番素っ気ない自己紹介が終わるとさっそく説明に入った。
「ドローンが落ちるときっていうのはつまり、推進機関が失われた時なんだ」
クロは白紙のプリント用紙に手を伸ばした。
「つまりは紙飛行機というわけ」
所長はプリント用紙を折って簡単な紙飛行機を作った。
「3、2、1、発射!」
無邪気な声とともにパッと彼女の手から紙飛行機が離れて、飛んでいく。ゆるやかに、エアコンの気流で不安定になりながらもフワッと床に着地した。
「今見たのと同じようにドローンも落ちていく」
クロは床に落ちた紙飛行機をそっと拾った。
「1週間前に落ちたドローンは違うんだ」
「位置情報にほとんど変化なく、高度だけ下がってロストしたんだ」
質問するスキがないくらい早い説明に追いつこうとレオは必死になって質問した。
「つまりはどういうこと?」
クロはニィ、と笑うと
「こういうこと」
といって紙飛行機があえて壁にぶつかるように投げた。紙飛行機は壁にぶつかり、そのまま床に落ちた。先端部分がすこし曲がっていた。
「……つまりなにもないはずの空の上でなにかにぶつかってドローンが落ちたと?」
クロがまた紙飛行機を拾っているところだったが、バッ、と振り向き
「正解!ただ軍部のバカどもはまったく気にしてない様子だったけどね」
と言って笑った。
「そろそろ代わってくれるか?」
所長はレンズを触る癖があるらしく眼鏡に手をやっていた。
「いいよー」といってクロはもといた場所に戻った。
「この浮いているなにかについてはそこにすわっているナツが調べてる」
部屋にはいってきたときに所長に話しかけていた男で
「ナツです。よろしく」
と手を挙げながら挨拶し、またパソコンにむかって作業し始めた。
「このチームの目的は浮いているのは何なのかを解明すること、そしてなぜ浮かんでいるかを調べることだ」
レオは手を挙げた。
「質問かい?」
「なぜ俺を入れたんですか?」
所長は組んでいた足を直した。
「このチームにいるメンバー全員に当てはまるんだがね、普通じゃないんだ。もちろんいい意味でだがね。いた場所も全然違う、専門分野も違う。だがそれで良いんだ。前例のない問題に対処するためだったら持っている知識、技術を総動員できる人材を集めた。付け足すと、このチームが活動することは政府に許可をとってある。けど軍はいい顔しないからこっそりと活動するために都合の良い左遷場所みたく偽装してるけどね」
博士は椅子から立ち上がった。
「さぁレオくん!これから忙しくなるぞ。ナツが調べている間にもやることはたくさんあるんだから」
「頑張るぞー」とクロが言った。
続く