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小説を書く。その4【BL小説】

「はぁ……」

 俺はまたため息をつく。今日何度目だろうか。もう数え切れない。
 目的地のホテルは目の前だ。だが、正面のガラス扉が視界に入った途端、足が竦んだ。

 来るつもりなんかなかったのに。あの野郎。 
 高校時代からの親友の顔を思い出し、軽く舌打ちをする。

『あいつも来るってさ。お前も出席するって言ったら、嬉しそうだったぜ』
 
 同窓会の幹事である親友からの電話。
 嘘だ。そんなはずない。
 彼が俺に会いたいと思うはずがない。
 てゆーか勝手に俺を出席扱いするな!
 
 高二の夏。彼に対する気持ちを抑えられなくて、二人で下校する道すがら、ついうっかりこぼしてしまった。
 あの日の蝉の鳴き声が耳にまだ焼き付いている。
 きっと、夏の暑さにやられたんだ。気持ちを打ち明けるつもりなんて毛頭なかったのに。
 彼は、一瞬凍りついて、それから『……冗談だよな?』とおそるおそる尋ねてきた。
 だから俺も怖くなって、『当たり前だろ』って笑って誤魔化した。
 本当は、その場から走って逃げたかった。
 でももし彼の言葉を否定して、明日から、彼とどうやって接したらいいか、考えるのが怖かった。そして俺は高校を卒業後、彼と連絡を絶った。

 もう二度と会わないつもりだったのに。

 あれから約五年。俺は、まだずっとあの頃の気持ちを抱えたままだ。
 嬉しそうだったって、本当に?
 少しは、自惚れてもいいのだろうか。

 そうだ。俺は……。
 期待してしまっているんだ。ほんの少しの可能性に。この真夏の陽射しに当たればすぐにでも蒸発してしまいそうな、ほんの一雫に。

 俺は大きく息を吸い込んで、思いきり吐き出した。これはため息じゃない、深呼吸だ。

 何を考えてるんだ、俺は。
 もう五年も前の話だ。彼が覚えてるはずはない。あれから普通に友達として接していたんだ。そんな感情、俺に対して持つはずもない。
 だから俺は、あの頃と同じように、ただの友達として――。

 そう決心して、会場であるホテルのガラス扉をきっと見据える。ドアマンがずっと立ち尽くしていた俺がようやく動き出したので、ほっとしたように業務を遂行する。
 
 開かれた自動ドアをくぐり抜けようとした時。
 肩に軽く手を置かれた。
「――久しぶり」
 懐かしい声に振り返る。

 あの頃よりずっと大人びた彼の顔を見た途端、さっき固めた決心は、ソーダ水の泡のように、あっという間に弾けて消えてしまった。

 
 
 

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