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小説を書く。その57【BL小説】

「お前、いっつも邪魔なんだよ!」

「それはこっちの台詞だ」

「今日は俺が先に穂高と約束してたのっ。お前は一人寂しく帰ってくれ」

「お前、穂高が嫌がってるの分かんねえのか? 鈍い奴だな」

「あーもうっ。二人ともいいかげんにして!」

 愛しの穂高の大声に、はっとする。大学の構内で言い争って、いつの間にか注目の的になっていた。

「ごめん、穂高。それもこれも杉原の声がデカすぎるもんで」

 さっと穂高の横に立ち、さも自分は被害者であるかのごとく振る舞うヤツにムカッとする。

「立木、てめえ!」

「言っとくけど!」

 俺の声に被さるように、穂高が口を開いた。

「俺、彼氏できたから。だから二人の気持ちには応えられない。ごめんね。あと、これからデートだから、杉原一緒に帰れない。重ねてごめん。じゃっ」

 ひと息にまくしたてると、穂高はスマホに耳を当て「あ、ごめーん。今行くね」と語尾にハートマークを飛ばしながら去っていった。

 後には呆然とした俺と立木が残された。


「あーくそっ、穂高のヤツ!」

「結局、迷惑かけてたのは二人ともだったってわけか……」

 がっくりと肩を落とした立木のグラスに、俺はまたビールを注いだ。

「考えたら、俺らって自分の気持ち押し付けるだけで、穂高がどう思ってるかをちゃんと考えてなかったのかもな」

 立木がグラスを手にぼんやり遠くを見ながら呟く。

「ああ……そうだな。そんなんじゃ、逃げられて当然だな」

 俺も同じように居酒屋の薄汚れた壁を見つめる。確かにそうだ。穂高は、ずっと俺達に言いたかったのかもしれない。他に好きなヤツがいると。

「……飲むか」

「そうだな。飲んで、忘れよう」

 俺達はもう何度目か分からない乾杯を交わした。


 カーテンの隙間から漏れる光と、小鳥のさえずりで目が覚めた。
 見慣れない天井、見慣れない布団。今何時だ?
 近くにスマホがないか、手を伸ばす。
 ――温かい感触。
 温かい?

 がばっと上半身を起こすと、頭が割れるように痛んだ。昨夜、飲み過ぎた。ヤケになって際限なく飲んだ。

 あれ、立木は? ……どうやって別れたっけ?

「うーん……」

 すぐ横で、誰かが唸る声。
 サラサラの短い黒髪。骨張った肩の線。見覚えのある二の腕のホクロ。

「立木……?」

 腕の隙間から見える顔は予想通りで、俺は完全にパニックに陥った。

 嘘だろ! 俺と立木が!? なんでこうなった? てかここどこだ!?

 そしてなんで肩が見えてるかって言うと、立木がハダカだからだってことだ。恐る恐る首を下げると俺も同様で、思わず布団を胸まで上げた。

 し……下は? 履いてんのか俺?

 直視するのが怖くて、そっと手を布団の中に入れると、布地の感触がしてほっとする。

 酔っ払って、暑くて脱いで、そのまま寝ちまったんだなきっと。きっとそうに違いない!

 俺が身動いだせいか、隣でぱちりと立木が目を開けた。

「…………」

 しばらくぼんやりと状況を確認するように目を擦っていたが、肘が俺の脇腹に当たり、動きが止まった。

 そおっと顔を傾けて、俺の顔を見る。

「……お、おはよ」

 立木に何故こんな状況になったかを尋ねようと口を開いた途端。

 ぼっと火がついたように、立木の顔が真っ赤に染まった。

 えっ。

 そのまま、枕に顔を埋めてしまった立木に、なんと声をかけるべきか、俺はかなりの時間、逡巡してしまった。

 その後何の説明もされず、どうも立木の部屋だったマンションから早々に追い出され、駅の方向も分からず彷徨いながら、頭の中では何度もリフレインしていた。

 振られたばかりの穂高のではなく、あの真っ赤になった立木の顔を。







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