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小説を書く。その9【BL小説】
オフィスの片隅に、いつもの背中を見つける。
「おつかれ」
「あ、おつかれさまですっ」
コピー機の前でしゃがみ込んでいた彼が、俺の声に気付いてしゃきんっ、と立ち上がって挨拶を返してくれる。
「ごめん、邪魔しちゃったかな」
続けて続けて、と手で制す。
彼はいつもコピー機のメンテに来てくれる業者さん。俺はその顧客である、小さな会社のしがない所長さん。
ただそれだけの関係。それ以上、関わることもない。
「最近は、ペーパーレスとかで印刷する枚数も減って来ましたねえ」
思いがけず、彼から話しかけてもらって胸が弾んだ。
「あ、ああ……そうだね。なんだか申し訳ない」
「いえ、そんな! こちらこそ余計なことをすみませんっ」
せっかくの会話が途切れてしまう。ああ、もったいない。彼とは月に一度しか会えないというのに。
なんで俺はきみの上司じゃないんだろうなあ。同じ会社だったら、もっと話せて、もっとプライベートなことも知ることができるのに。
まあだからといって、こんなオジサンを好きになってくれる可能性なんて皆無に等しいけど。
自嘲気味にふっと嘆息すると、俺は「じゃあよろしくね」と軽く手を振ってその場を離れた。
我ながら、報われない恋をしている。
高校生でゲイだと気づいて幾星霜。ちゃんとした恋人がいた時期もあったけど、なんだかんだで独りの時間を長いこと過ごしてきた。
それなりの地位も手に入れて、生活には特に困っていない。一晩限りの相手だって、選り好みしなければ、まあ見つからないこともない。
だから、この年になって、それこそ十代みたいな恋愛感情を持つなんて考えてもみなかった。
「あ〜……」
頭をガシガシ擦っているところに「すみません」と彼のよく通る声がした。
「終わりました。あの……サイン、お願いします」
終わっちゃったか。サインしてしまえば、また会えるまでひと月もある。
いつものようにフルネームで『堀川忍』と書きつける。
ありがとうございます、と俺が差し出した紙片を両手で受け取りながら、彼がつぶやくように言った。
「しのぶさん、って……素敵な名前ですよね」
「え」
俺が腕を伸ばした姿勢のまま硬直したからか、彼はしまった、というように口と目を大きく開けた。
「あ、いえ、何でもないですっ! ありがとうございましたっ」
ややオーバーに頭を下げると、彼は慌てたように早足でオフィスを出て行った。
……なんだ今のは。
すでに閉じられたドアと、残されたメンテナンスの控え伝票を交互に眺める。
担当欄に署名された、ちょっと角ばった『福田』という文字を指でなぞる。
なんでこっちは名字だけなんだ。ずるいぞ。
……福田くん。
来月は、下の名前を尋ねてもいいだろうか。
期待してはいけないと自制しながらも、込み上げてくる笑みを抑えることができず、俺は口元を両手で覆った。
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