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小説を書く。その6【BL小説】

「あ、おかえり〜」
「……ただいま」

 おかしいな。この部屋の住人は俺一人のはずなんだが。出迎えの挨拶が帰って来るようになったのはいつからか。
 指折り数えてちょうど一週間だと分かる。

 残業続きで疲れきったある夜のこと。風呂上がり、缶ビールのプルタブに手をかけた瞬間、呼び鈴が鳴った。
 こんな時間に誰だよ、とインターホンに出てみると、大学時代の知り合い(友人ではない)が『ごめん、家賃滞納して追い出されたんだ。しばらく泊めてくんない?』と、へらっとした満面の笑みで画面に映っていた。

 断ってもよかったんだ、あの時の俺。
 なんでうかうかと招き入れてしまったのか。

「あ」
「ん?」
 口を開いたまま、ヤツの手元の缶ビールを指差す。それはまさか最後の。
「あ、いただいてまーす」
 悪びれもせず、缶を軽く掲げてにかっと笑う。おい! 誰のビールだと思ってんだ!
このタダ飯食らいが!

「……てか、お前今何やってんだよ」
 初日に確認すべき事項を今更ながらに尋ねてみる。確かこいつは大学院に進んだはずだ。
 同じ学部、同じゼミ。だからと言って特に親しかったわけでもない。ただの顔見知り。

「ん〜、何ていうかさ……あ、一応講師やってたんだけどね。人間関係に疲れたというか……」
 後ろ頭を掻きながら、今度は照れくさそうにした。何故。
 まあ、ずっと好きなことを追いかけて、それで飯が食えるってのはある意味羨ましい。俺は途中で断念したクチだから。

 ん、過去形? ということは無職?
 ……おい、いつまで居座る気なんだ。
 あと、どうしても訊いておきたいことがあったんだった。

「それと、何で俺ん家知ってたんだ」
 あー、とヤツは視線を逸らし、ビールをぐいっと呷った。
「……ゼミの飲み会の帰りにさ。一回、泊めてもらったことあってさ。覚えてる?」
 え。
 そんな、何年も前の話……。
 うーんと腕組みして頭を捻ってみたが、思い出せない。
「逆に、よく覚えてたなお前」
「ああ、まあ、うん」
 へへへ、とまたビールをゴクリ。
「……俺にも一口よこせ」
「えっ」
 今までさんざん傍若無人な態度だったヤツが、いや飲みかけだし、と萎縮したように後ずさった。

「知ってたか? それ最後の一本。風呂上がりのビールを楽しみに頑張って仕事終わらせて帰って来たのに、居候してるくせに料理洗濯掃除なんにもしないでダラダラしてるヤツに飲ませるために冷やしといたんじゃねーや」

 一気にまくしたてると、急に肩をすくめて顔を俯かせ、ごめん、と小さな声で言った。
 その手から半ば強引に缶を奪い取り、すっかりぬるくなってしまった液体を喉に流し込んだ。
「あっ」
 とヤツは声を上げて、名残惜しいのかなんなのか、困ったように眉を寄せて俺を見ている。ざまあみろ。
 そして、ふーっと大きく息を吐いてから、こう言った。

「……明日から、家事頑張る」
「まあそのくらいはな。居候」

 そう言い放ったあと、それを承認するということは、こいつがまだここに居座るってことを俺が許可したってことかと気付いた。

 何やってんだ、俺。
 自分に呆れたが、まあ家事やってくれるならいいか。
 それに。

 真っ暗な部屋に一人帰るより、『おかえり』って言ってくれる誰かがいる方が――たとえ相手がこいつでも――少しはマシな気がする。

 そう思い、早速、とテーブルの上の皿を片付け出したヤツを見て目を細めた。


 
 
 


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