ごちうさから考える日常系の世界観

まえおき

日本のアニメーションは年々拡大を続け、アニメ業界市場は2009年のおよそ2倍の3017億円にも上った。(一般社団法人 日本動画協会 アニメ産業レポートサマリーより)そのうち、新作アニメーションはほとんどが所謂深夜アニメであった。
新作アニメは毎シーズン非常に多く制作されているが、その中で、日常系アニメは継続して多く作られている、安定したジャンルのひとつだ。実際、2021年4月から始まった新作アニメは全88本のうち、16本が日常系と呼べそうな内容である。これは諸学生以下の子供、ファミリー向けの作品数(10本)よりも多い。(アニメイトタイムズ2021年春アニメ一覧より)このように日常系は深夜アニメにおいての一大ジャンルとして確立しつつある。今回は、日常系作品の中でもアイコニックな『ご注文はうさぎですか?』シリーズから、日常系の世界観について考えてみたいと思う。

『ご注文はうさぎですか?』(以下公式略称の『ごちうさ』と記述)は、Koiによる四コマ漫画作品で、芳文社の「まんがタイムきららMAX」で2010年10月号掲載のあと、2011年3月号から連載されている。過去に三度テレビアニメ化(2014年、2015年、2020年)と二度OVA化(2017年、2019年)されており、ニコニコ動画においては、第一シーズンの第一話が1137万回以上再生されており(2021年7月現在)、熱狂的な人気を得ている作品である。今回は、原作の漫画作品を軸として、3つのテレビシリーズを補完的に参照しながら述べていく。

日常系のおさらい

日常系というジャンル分けは、インターネット上で発生したもので、大きなくくりとしては、個性的なキャラクターが、日常を送る物語の類型である。これだけだと、内容は幅広くファミリー向けの長寿アニメも範疇に入るが、今回は狭義の、深夜アニメにおける日常系の定義を考えてみる。以降は特にない限り、狭義の深夜アニメ的な日常系についてのみ触れる。

日常系は色濃い個性が付きものであるため例外もあるが、カテゴライズされるものには、以下の条件が考えられるのではないだろうか。
・キャラクターの殆どが女性(男性)のみである。
・主人公をはじめとした六人前後のメインキャラクターを軸に物語が展開する。(一話のみ登場し、その話の中心となるようなゲストキャラクターが基本的に登場しない)
・キャラクターは未成年、またはキャラクターデザインが幼い。
・登場人物が交際関係や決別など大きな変化をしない。
・暴力や死など攻撃的な表現が少ない、または排除されている。
・リアリティを重視した日常の描写が多い。
・物語の舞台が一つの場所(例えば高校や部活動)から大きく変化しない。


そもそも、狭義の日常系は、2000年代半ばにインターネット上で発生したジャンル分けで、2000年代前後のギャルゲー、アダルトゲームといった恋愛シミュレーションゲーム/ヴィジュアルノベルや、セカイ系といった、主人公以外の登場人物に多く女性の登場人物(≒ヒロイン)の作品からスピンオフしたものと考えられる。
具体的には、セカイ系の類型の場合、『涼宮ハルヒの憂鬱(谷川流 2003年 角川スニーカー文庫)』においては、涼宮ハルヒが登場する殆どのシーンのような、きみと僕との出会いから、きみの喪失に至るまでの穏やかな日常のパートや、2000年代の同人系アダルトゲーム場合は、Fate/stay night(TYPE-MOON 2004年)』においては士郎の家で食事をするパートのような、ヒロイン全員と知り合い、物語の黒幕の魔の手が届いていないパートのように、これらの作品の本筋から外れた部分で展開する、魅力的で個性的な女性キャラクターらの他愛のなくかわいらしい会話の部分が、特にその後の物語の展開で失われてしまう運命にあるために、より強く対比されて、変化のない穏やかな日常がより象徴的に映った。そういった背景から、変化のない日常の中で女性キャラクターが過ごしているという要素のみを抽出した物語というものに需要が生じた。これが、日常系という類型の起源であると考察する。はじめは二次創作として、それらの初期の日常系作品が発展していったと考えられる。そこから、一つの独立した世界観を持った日常系作品へとつながると考えるのが自然だろう。
この時不自然なのは、主人公として存在した異性のメインキャラクターの消失だ。これはスピンオフ元の作品群において、主人公と作品の想定ターゲット層が男性であり、物語においての(特に恋愛に対する)感情移入の対象として必要とされたのにたいして、劇的な変化の乏しい日常系においては、感情移入の対象、或いは物語の核が必ずしも不要となったため、あるいは、物語の中心に異性のキャラクターが登場すると恋愛による関係の発展がどうしても意識されてしまうために、男性の主人公が排除されたのではないだろうか。


さて、これらを踏まえて、『ごちうさ』をみてみる。
まず掲載誌は『まんがタイムきららMAX』である。これは芳文社の4コマ漫画雑誌『まんがタイム』から派生した、若年層向けの「萌え4コマ」専門漫画雑誌『まんがタイムきらら』の姉妹誌で、日常系作品を多く掲載しており、日常系作品をアニメ化している。これらの「まんがタイムきらら」姉妹誌は日常系という類型に大きな影響を与えているといって間違いないといえる。
「ごちうさ」は、西洋風の「木組みの家と石畳の街」に高校進学を機に引っ越してきたココアが、下宿先の喫茶店「ラビットハウス」で店員として働きながら、下宿先の一人娘チノの自称姉として、生活する物語だ。
物語の舞台設定としては、目新しいものは少ない。登場人物は父親のキャラクターを除けばすべて女性で主人公たちは学生だというのは日常系の先駆者『らき☆すた(アニメ化は2007年)』とも一致するある種スタンダードともいうべきもので、下宿先の喫茶店でアルバイトをしながら、西洋風の町で暮らす、というのは「魔女の宅急便(アニメ映画は1989年)」にも重なる部分がある。では、この作品が10年代の日常系の中でも最も成功した作品のひとつになれたのは、なぜなのだろうか。
『ごちうさ』のキャッチコピーや広告の煽り文をみてみると『すべてが、かわいい(コミックス2巻帯煽り文)』『ラビットハウスは今日もすべてがかわいい!(アニメ一期、二期WebサイトStory introduction)』『かわいいが花盛り♪(アニメ三期キャッチコピー)』などと、一貫して「かわいい」という言葉がみられた。どうやら『ごちうさ』は、「かわいい」にフューチャーした作品らしい。
ここでのかわいいとは何を指しているのだろうか。ひとくちに、「かわいい」と言いても現代のかわいいという言葉は非常に広い意味を内容している。原作およびアニメの内容を見ていて、感じられる「かわいい」の要素は大別して、以下のようなものがあった。


1.キャラクターデザインが萌えイラストとして「かわいい」。
2.かわいさを押し出したデザインのキャラクターによる、コケティッシュなカットの意外性が「かわいい」。
3.キャラクターのしぐさ、言動が「かわいい」。
4.キャラクターの人格の無垢性、未完成さと尖った個性が「かわいい」。
5.マスコットとして、ティッピーをはじめとしたうさぎが「かわいい」。
6. 声優の声が「かわいい」。
7. アニメーションの動きが「かわいい」。
8.劇中音楽のコミカルで柔らかなイメージが「かわいい」。
9.それらが統合した全体的な映像、イメージが「かわいい」。
10.かわいくない要素が排除されているために「かわいい」。
これら十の要素について原作とアニメの内容を踏まえて分析した。


『1.キャラクターデザインが萌えイラストとして「かわいい」。』

これはこの漫画が、「萌え四コマ」であることからわかるように、イラストが(少年誌などの作品の絵に比べて)きれいで可愛いらしく、人物は美少女かナイスミドルであるり、全体的に女性のデザインが幼い印象を受ける。加えると、ライトノベル原作のアニメのように、原作挿絵イラストとアニメのビジュアルに作画上の都合で乖離や違和感が生じるような線の多いデザインでもないため、アニメでファンになった層や、原作からのファンがそれぞれのメディアの違いによる作品の雰囲気の差異に戸惑いにくい点も好印象である。

『2.かわいさを押し出したデザインのキャラクターによる、コケティッシュなカットの意外性が「かわいい」。』


原作の扉絵ページや、しばしばある入浴やパジャマといったキャラクターがリラックスするシーンで、フェミニンでセクシーな魅力が強調した衣装やポーズをとっている。他のカットの押し出されるものとは異なる「かわいい」が提示され、相乗的に女性的な「かわいい」を感じさせる効果があると考えられる。
『3.キャラクターのしぐさ、言動が「かわいい」。』
それぞれのコマでキャラクターがとるポーズ一つ一つに「かわいい」を意識した仕草をしている。また言動に一貫性があり、現実の女の子のような自然体のかわいらしさを感じさせ、また日常系の要素である、リアリティに重点を置いた表現にも一致する。

『4.キャラクターの人格の無垢性、未完成さと尖った個性が「かわいい」。』


それぞれの登場人物のキャラクターが立っているのはもちろんのこと、皆成長可能性を孕んでいる。長所はほかの登場人物を成長させるきっかけになるうえ、読者は人物の幼い部分に「かわいい」を見出す。またどのキャラクターも純粋で悪意が無く読者に不安を与えない。


『5.マスコットとして、ティッピーをはじめとしたうさぎが「かわいい」。』

「木組みの家と石畳の街」には多くの野生のうさぎが生息しており、小動物としての「かわいい」を振りまいている。またティッピーやあんこなどのうさぎのキャラクターもマスコットの魅力がある。

『6.声優の声が「かわいい」。』


アイドル声優としても活躍主演声優の素晴らしい演技は、キャラクターの魅力を倍増させており、鑑賞者により具体的なイメージを抱かせてる一助となっている。またキャラクターソングやボイスドラマなどのアニメ以外での展開も可能にしている。


『7.アニメーションの動きが「かわいい」。』『8.劇中音楽のコミカルで柔らかなイメージが「かわいい」。』

テレビシリーズは安定した作画で、原作の世界観そのままに動画化しており、前述のしぐさの可愛さをより魅力的にしている。また、音楽の川田瑠夏氏による劇伴曲は物語世界のコミカルな可愛さと異国情緒が個性的に表現されている。

『9.それらが統合した全体的な映像、イメージが「かわいい」。』


これらの要素が重層的に合わさることで、「かわいい」世界観が具体的に提示され、全体としてまとまりをもって完成している。
『10.かわいくない要素が排除されているために「かわいい」。』
最後に、作品に悪意や暴力のような要素が極力排除され、登場したとしても、「かわいい」のためのエッセンスであったり、ギャグとして成立している、読者はひたすらにかわいい世界観に浸れるよう、隅々まで配慮されている。
このように、『ごちうさ』は「かわいい」を究極まで突き詰めることで、日常系として成功している。「かわいい」は確かに萌えの一要素であるから、萌えの文脈から日常系をとらえた場合のひとつの回答なのかもしれない。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?