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人生って? 「ある一生」 感想

(たった一人の人生を描いた作品が、どうしてこんなにも胸を打つんだろう)


私が実際に読んだ本の紹介と、感想を書いていきます。
今回は、ローベルト・ゼーターラー作、浅井晶子訳『ある一生』です。

きっかけ

そもそも、この本を知るきっかけとなったのが、ライムスター宇多丸さんのラジオでした。映画が好きなので、毎週金曜日配信の映画評論コーナーをよく聞いているのですが、偶然、翻訳家が集まって、翻訳の面白さを語るという回を聞きました。そして、この放送の最後に、第六回日本翻訳大賞について宣伝をしていたのです。

翻訳大賞について調べてみると、すでに最終選考作品が発表されており、ちょうど次の本を探していた私は早速本屋さんへ。そこで見つけることが出来た3冊『アカシアは花咲く』『ある一生』『精神病理学私記』を購入しました。

(単行本で、しかも最後の一つは心理学の本ということもあり、値段を見ずに買ったらあらびっくり、となったのはまた別の話。)

今回はその中で、最近読み終えた『ある一生』について感想を書いていきます。



感想 「時間の流れ」とは

本書タイトルが「ある一生」とあるように、文字通りこの本は平凡な、むしろ平凡よりも貧乏な男の人生を描いています。オーストリア・アルプスが持つ豊かな自然の脅威や時代の流れに揉まれながらも、生き抜いたエッガーの人生を、たったの146ページで味わえてしまいます。

そう、150ページにも満たない本、というのが驚き。

今回、本を頭から通して一気に読んだのではなく通勤時間やお昼休み、寝る前といった隙間時間を使っていたため、読み終えるまで約2週間以上かかり、「やっと終わった!」と達成感に浸っていましたが、改めて見返してみると、実際の分量が実感の半分くらいしかないのです。

終わりが見えないと思いながら読んでいたのに、まとまった時間があれば1日で読み終えることもできる本だったのです。


分量に比べて、とても中身のある本を読んだ、と思った原因は何なのか?

それは、この物語が彼の人生の瞬間を描いているからです。

幼い頃受けた、農場主からの理不尽な扱い。最愛の妻・マリーへのプロポーズ、幸せな生活。そして、無慈悲な自然の仕打ちによる、彼女の死。傷が癒される間も無く訪れる、戦争。そして終戦後の生活・・・。

その瞬間にエッガーに訪れるあらゆる感情を、私は無意識のうちに共に手にしていたみたいです。

それもそのはず。本書は彼の目線で進むため、常に今に対して真摯に向き合い、自分の人生を受け入れるエッガーの姿勢を、自然と読者も身につけてしまっているのです。他人と自分の人生を比べることが無く、常に自分の人生を生きるエッガーの生き方に、何度も胸が揺さぶられました。

そして思わず考えてしまう。
人生とは何なのか?

本書の中では、作者ローベルト・ゼーターラーの人生に対する考えが含まれているといえる、以下のような台詞があります。

「人の時間は買える。人の日々を盗むこともできるし、一生を奪うことだってできる。でもな、それぞれの瞬間だけは、ひとつたりと奪うことはできない。」

役者あとがきでも触れられていたこの台詞。人生とは、瞬間の積み重ねであるという筆者の思いがこめられているのではないでしょうか。

春の日差しように暖かく幸せな瞬間もあり、冬の厳しい寒さのように体が痛む瞬間もある。けれど、それを感じて生きていくことが人生だ。

エッガーの一生を読み終えて、そう思いました。
おすすめです。


*****

「普通」が失われてしまった今この時代に読むと、より滲み入る一冊だと思います。是非、興味を持った方はチェックしてみてください。

今日はここまで。






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