水ガチャ

富士山の8合目と9合目の間にある、知る人ぞ知る老舗の駄菓子屋「ハオ」。死期を悟った私は60年ぶりに訪ねることにした。

店に入ると、奥の方から見慣れたエプロンをした青年が出てくる。そうか、もう店主は「変わった」んだな。

「どうしたんですか?もう死にそうじゃないですか」

「おいおい、冗談はよしてくれよ、ところで…」

「わかってますよ!こちらですよ!」

店の奥に連れてかれると、そこには60年前と何ら変わっていない「水ガチャ」があった。この体が尽きる前に水ガチャを久しぶりにやりたいと思い、ここに来たのだ。しかし、最近は物忘れがひどいせいか、肝心の水を持ってき忘れてしまった。店にあるアイスを全部砕き溶かして水ガチャに流し込こもうと一瞬思ったが、それはさすがに青年がかわいそうだったのでやめた。

今まで作り上げてきたコネを贅沢に使って、海の神ポセイドンを呼び、太平洋から海水のアーチを作って、海水を水ガチャに流し込むという方法もある。いや、ダメだ。ポセイドンを制御できる自信が私にはない。

なら、水ガチャにVRゴーグルをかぶせて、水中の映像を見せることで、既にガチャをするための条件を満たしていると、水ガチャに錯覚させるか。いや、その場合、水中にいると錯覚して、水ガチャは故障してしまうかもしれない。

結局、護身用に保存しておいた、脳のまだ使われてない95%の部分を目覚めさせる音声を聴いて腕のみを巨大化させ、自らの肉体を濡れ雑巾のように絞り上げることで、体内の水分を全て水ガチャに流し込むことにした。

「うおおおおおおおおお!!!!!!」

自分自身の肉体を絞りあげているとき、私は自分で作った作品を、最終的に自分自身で壊すという、芸術に近い快感を得た。朦朧とする意識の中で、60年前に聞いた、あの、水ガチャに特有の「ギシギシー」という懐かしの音が聞こえてきた。それとともにカプセルが一つ私の頭にコツン、と落ちてきた。私は薄笑いを浮かべた、世の中の無知な人間に対して。

落ちた衝撃でパカッと割れて中から出てきたのは、相変わらず、河原の石ほどの人の形をしたもの。私は、頭の中から米粒サイズのチップを取り出し、この世の誰に対しても、かけたことないほどの優しさをもって、その、小さな人形にチップを埋め込んだ。

「頼むぞ…次の私よ…」

私は「今」の私の役目を終え、静かに眠りについた…

小さい頃からお金をもらうことが好きでした