独自のカリキュラムを取り入れた教習所

最近、通い始めた教習所が独自のカリキュラムを取り入れていた。

運転技術だけでなく独創的な考え方を学べる学校を目指しているそうだ。

運転技術だけでいいのに。

そもそも、独自カリキュラムなんて高校受験で志望校を決めているときにしか聞いたことがない。

その教習所は奇妙なところだった。

まず、おびただしい数の居酒屋に囲われていた。飲酒運転の常習者を作りたいのか?だったら飲酒運転予備軍学校に名前を変えた方がいい。

誰も通ることができないS字カーブがある。SはSでも、筆記体の小文字のS。以前、珍百景で取り上げられたそうだ。

踏み切り棒にはナマケモノがぶら下がっている。棒が上に上がる時は傘の柄くらいしなる。いつ折れるのかとヒヤヒヤしながらその下を通らなければならない。 

鳩の大群がフンをして毎年不必要な白線が生まれているらしい。停止線だと思いブレーキをかけると「バカヤロー!これは鳩の糞がきれいに並んで線を描いてるだけだろうが!」と怒鳴られる。あまりにも理不尽だ。運転したことのない生徒が停止線と鳩の糞によって出来上がったダミー停止線を見分けられるはずなどない。太さや長さ何から何まで一緒なのだ。そして何故掃除をしない。

車の先には免許証がぶら下がっている。俺たちはサルだと思われてるのか?馬の鼻先に人参をぶら下げる方式で、生徒のやる気をださせるためにおそらく設置されたと思われるが、前を見る妨げになるので非常に危険だ。 

危険と言えば3号車だ。おびただしい数の安全祈願と書かれたお守りを至るところにぶら下げているせいで外の様子が全く見えない。確かにこれでは動きようがないので結果的に安全運転になってはいるが。

ふつうならすぐにでも別の教習所に変えるところだが、ある1人の教官に魅了されて僕は居残り続けることにしている。 

彼の名前は、金玉鉄也 

驚くべきことに、これは本名だ。 

「金玉」と書かれたスタンプを押したいがために家庭裁判所で名字を変えたらしい。 

周りからはセクハラ教官、略して「ハラカン」と呼ばれている。 

ハラカンは、その卑猥な罪名みたいなあだ名とは裏腹にかわいいところがある。スピードメーターの針に合わせて体が傾いてしまうのだ。 

それからぼーっと外を眺めながらおもむろに子守唄を歌い始めてゆっくりと眠りにつく。 

ただ、少しでも危険な運転をすれば、ハラカンは目を覚まし、窓を開けてほら貝を吹き散らす。その動作は一瞬のうちに行われ、運転に集中しているためか、ほとんど視認できない。急に横から大きな音が鳴り、突然ナイフを首に付けつけられるのと似た怖さを感じることになる。 



そんな時はハラカンのメモを見ればよい。そこにはいつも「今日の空もタイヤ痕みたいな雲があった」とだけ記されているのだ。平和を感じる一文だ。なんとなく癒される。人生で名字が金玉の人間に癒されるなんて誰が思うだろうか。 

ハラカンはどんなに運転が下手でもスタンプを押してくれる。彼の口癖は決まってこうだ。 

「金玉押しまーす」 

押し終えると、はんこをくわえ、ライターで火をつける。

「たばことはんこは、腹違いの兄弟やと思うねん」 

この時だけ関西弁を使うのが少し腹立たしい。 

ハラカンが窓に手をつき顔を出すと風圧で顔のパーツが全部吹き飛んでいったことがある。その後、ものすごい速さで元の位置にパーツが戻った。トムとジェリーを見ているみたいだった。 

僕の急停車せいでハラカンの入れ歯が抜け落ちたことがある。その時、ハラカンは必死になりながら「せめて入れ歯だけは見つかってくれ!この前嫁さんが蒸発したばかりなんだ!」と言っていた。 

急停止したことに対して罪悪感は不思議となかった。名字が金玉なんだから逃げられるのは当たり前だと思ってしまったからなのだろう。


小さい頃からお金をもらうことが好きでした