見出し画像

1月26日夜『いまさらキスシーン』を見た

こんにちは。寒い日と温かい日に往復ビンタを食らう今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
私は1月より放送の大河ドラマ『光る君へ』の藤原道兼に盛大にハマってしまい、いつ哀れな最期を遂げるのか日々胸を期待と不安に膨らませております。

その藤原道兼を演じていらっしゃる、玉置玲央さんの一人芝居『いまさらキスシーン』を見てきました。認知から舞台に行く速度がストーカーのそれ。
感想を書いていきますが、前日譚の部分もありますので飛ばしたい人は目次から感想まで飛ばしてくださいね〜よろしければお付き合いください。


前日(当日)譚

そもそも、玉置さんのことは大河ドラマ以前にドラマ『大奥』の黒木役でふんわりとは存じ上げていたのですが、藤原道兼役で本格的にお顔とお名前を意識したネットストーカー検定1級の私は玉置玲央さんをググりまして、どうやら柿喰う客という劇団に所属していらっしゃるということを知りました。

待てよ。

私柿喰う客のお芝居(のダイジェスト動画)見たことあるぞ!?というのも遡ること約2年。
2021年3月、シアタークリエで上演中のピアフにこれまた大ハマりしていた私は、誰彼構わずピアフを勧めるという大迷惑にも等しい行いをしていたわけですが、その勧めた友人から返す刀で送られてきたのがその2か月前に上演されていた、柿喰う客『空鉄砲』のダイジェスト動画でした。
その当時は芝居の上手い役者さんが揃うとこんなこともできるんだなぁ、普段見ている舞台とは全く違うなぁ、という感想を抱きました。確か友人には「3人で落語を回しているみたい」という感想を送り付けた気がします。
今現在改めてダイジェスト動画を見て、ブルーのガウンを着たこのやたらと妖艶な男性、一旅御幸さんが玉置玲央さんであることを知りました、お顔もお声も道兼くんや黒木さんとは全く異なっていたので気づかなかったんですね。

さらにネットストーカー検定1級の私は、玉置玲央さんの一人芝居『いまさらキスシーン』がYouTubeの柿喰う客チャンネルにあること、このほど来たる1月26日に上演されることを知りました。1月26日は!大学の!試験がある!ということで、生観劇は叶わない……かと当日の昼までは思っていたのですが。
当日の昼に当日券の存在を知り試験の終了時間を見て間に合うことに気づき、まさに国道4号線をひた走るひよりちゃんのごとく、大学からこまばアゴラ劇場までの道を爆走し無事に当日券を獲得しまして、19時半からの公演を観てきました。
この時ほど自分が東京大学駒場キャンパスに通っていればと思ったことはありませんでしたが、まぁ無事観劇できたので良しとしましょう。

ということでようやくここから先は『いまさらキスシーン』のネタバレを含みますので、もしよろしければぜひ2016年上演版の動画をご覧になってからどうぞ。

感想(シーンごと)

まず、玉置玲央さんが演じるのは女子高生、ええ女子高生の三御堂島ひよりさん。
ダウンを着た玉置さんが劇場内に駆け込んでくるところから、舞台は始まり……始まったのか?すらも怪しかったですが、ダウンを脱ぎ、キャメル色のカーディガンを制服の上に羽織って準備運動をする姿は紛れもなく女子高生。
(余談:上の動画だとひよりちゃんはシャツ1枚なので、冬服のひよりちゃんが見られて嬉しかったです)
さて、この作品は「背筋を」という最初の台詞がありますが、玉置さんが口を開いた瞬間、
「せ!」
決して広いとは言えない劇場空間を切り裂くように玉置さんの声が響き渡って、劇場内の空気はそこで一変します。この瞬間が大好き。舞台という虚構の日常に突き落とされて、泣こうが喚こうが止められない、辛くても逃げられない、対峙する事しか許されない、圧倒的不自由さを強いられる最高に幸福な時間の始まりです。まってすごいドMみたいじゃん。そんなことを感じる余白があった後、
「……す」
柔らかく囁くような「す」が続き、
「じっを、」
ちょっとだけ弾むような「じを」が来て、
「ぴんと伸ばしてワキをきゅっと締めて心拍数の上昇上昇を意識しながら」
ここからはもうどこまで台詞を引用すればいいのか分からないほど、速く流暢に美しく止めることができずに舞台は進んでいきます。今気づいたけど1文字単位で台詞の感想書いてたら本当に終わらないね、ここだけなんで勘弁してください。

どこからか出てくる英単語帳で勉強をし、女子駅伝のエースを目指してトレーニングをし、そして憧れの先輩とのワンチャンを狙って(?)恋愛もする勉強と部活と恋愛の折衷案としてはギリギリアウトな方法をとるひよりちゃん、ずっとひよりちゃんとお呼びしてますが実はシーン1の最後に初めて(なんと憧れの先輩のお名前が出る方が先)それはそれは高らかに武士のごとく名乗りを上げてくれます。

そして三御堂島ひよりちゃんが国道4号線を日々爆走して登校している理由、のひとつであるところの男前田トオル先輩が登場するのですが(もちろん演者は玉置さん)、今回の男前田先輩はイケメンバージョンで大歓喜、マスクの下で思いっきりニヤニヤしました。動画だとご覧の通り、なかなか……個性的な先輩であらせられたので。

時に勉強に励み、時に部活動に努め、時に恋愛に勤しみながら、ひよりちゃんの高校生活は進んでいきます。まさに光陰矢の如し、駆け抜ける青春のように舞台の展開も速いのです。
玉置さんもそれに呼応するように、バク転をキメたり、物理的に急接近して客席に乗り込んできたり、光陰の矢をむんずと掴んでバキボキに叩き折ったり、ひとつひとつのセリフの全てに動いて、怒って、笑って、浮かれて、そんな情感豊かでとびきりキュートな女子高生のひよりちゃんがそこにはいました。

さて、笑ってばかりもいられないのもまた青春。高校3年の秋、昨年東京大学に不合格、浪人生となった男前田トオル先輩とのお近づきチャーンス!であるところの勉強会に夢中になったひよりちゃんは、女子駅伝の大会がなんと終わっていたことに気づきます!去年、来年は頑張ろうってみんなで(舞台にいるのは1人)誓ったのに!そして、ひよりちゃんを詰る部活のお偉い御三方に「青春とは結果こそ全て、何を成したかで決まる」と高らかに啖呵を切るひよりちゃん。ここの声色のバリエーションありすぎて最高でした。長台詞、って書こうとしたけど冷静に考えたら1人芝居なんだから全編が長台詞なんだよ(?)
だがしかしでもbut,いわゆる「地の文」と「台詞」の部分の表現の違いが本当にお見事なので、ストーリーテラーでもあり、登場人物でもあるひよりちゃんに一切混乱せずに舞台が見られます。

そして、もう道を迷う必要はない!と受験勉強に励むも、残念ながら不合格となったひよりちゃんは浪人が確定。しかし同じ志望校つまり東京大学を目指していた男前田先輩はどうでしょうか?そりゃ合否気になるゥー!よね!ということでひよりちゃんはポケットに小銭を入れて男前田先輩の家を目指して出発!したのはいいものの。

ここから何が起こるのかは、ネタバレ的な意味でも、内容としても書くのは少々はばかられます。
オレンジの暖かな照明は白の無機質な蛍光灯に変わり、赤くなったバットを見つめながら世界史の過去問「17から18世紀ヨーロッパで起きた市民革命について300字で論じよ」を検討するひよりちゃんの様は、限りなく痛ましくありながらどこか鬼気迫るような迫力に満ちていて、目を逸らすことさえ許されません。さっきも書いたけれど、この惨さを直視せざるをえない劇場という環境と演劇という機構が大好きなので、月並みな言い方ですが「演劇見てるゥー!」って感じで最高でした。

そして、男前田先輩の家に辿り着いたひよりちゃんは合否を聞くことすらか叶わず、ただキスを迫ればおでこにひとつのキスを落とされて、それでも唇は言葉を伝えることが出来ずにその場から走り去ることになります。女子高生ってこういう生物なんですよね。
私も数年前までは女子高生でしたが、その期間だけは「人間」であると同時に亜人間としての「女子高生」という生物だった気がします。その女子高生という生物の極限の状態、全ての感情のメーターが振り切れて剥き出しになった状態が表現できる玉置さん(38歳男性)どうなってるんだ。もちろん年齢や見かけの性別に依存するものではないですが、女子高生への解像度が異常に高い。すごい。

ひよりちゃんは走り続けます、国道4号線を走り続けます、ただどこに向かうのかも分からないまま朝焼けの国道4号線を走り続けます。チープな妄想を繰り返しながら、身体も心も全ての限界を超えてそれでもひよりちゃんは走ります。肩で息をしながら、大きな喘鳴音を劇場に響かせながら、走る姿はまるでです。
人間の極限の状態を見るために劇場に通っていると言っても全く過言ではないではないのですが、この極限状態のひよりちゃんはあくまで登場人物のひよりちゃん、ストーリーテラーのひよりちゃんはそれでも流暢に物語を進めていきます。美しい矛盾、自分なのに自分を止められないまま進んでいく、同時に二つの状態が重なり合っているのでつまりシュレーディンガーの猫みたいなものですね(?)

そして「あること」を思いついたひよりちゃんは、背筋をぴんと伸ばしてワキをきゅっと締めて、心拍数の上昇上昇を感じながら、国道4号線をくるりと引き返して、男前田先輩の家に向かってまた走り出すのです。

感想(全体)

シーンごとの振り返りはこんなものでしょうか。全体的な感想として1番なにこれ!!!になったのは、演劇を見ているはずなのに脳裏に映像が浮かぶことです。今まで見た舞台は、舞台の上で繰り広げられていることが全てで、脳裏に映像が浮かぶなんてことはなかったのですが『いまさらキスシーン』は、セットも何もない舞台で玉置さんが1人で動いて喋っているだけで、国道4号線が、入学式の様子が、女子駅伝部の部室が、男前田先輩と勉強した図書館が、鮮明に映像となって脳裏に浮かんできます。
感覚としては、本を読んでいる時に非常に近くて、少ない、けれど確かな情報から無限に想像を広げられる、これが柿喰う客の標榜する「圧倒的虚構」か……と思いました。

玉置さんの動きも、「登場人物が実際にしているリアルな動作」を含みつつ、メインは「言葉ひとつひとつを拾うような漫画、アニメ風のややコミカルな動き」が多いのも印象的でした。この動作のフィクション性によって、そこで生まれていく生々しいひよりちゃんの感情が際立っていたように思います。全てフィクション、圧倒的虚構、だからこそそうじゃない部分がかえってリアルに迫ってくるようでした。

上演後のアフタートークでは玉置さんと作・演出の中屋敷法仁さんが登壇してお話してくださったのですが「三御堂島ひよりは未だにわからない」というお話をされていて、分からない作品を10年以上演じて演出してるの!?と驚きましたが、その分からなさがひよりちゃんであり、ひいては女子高生という生物の大きな魅力なんだよなとも思ったり。

そして、散々書いていますがやっぱり自分は人間の極限の状態が見たくて舞台を見るし、圧倒的に不自由な演劇という機構とそれが広げられる劇場空間が大好きだな~ということも再認識させてくれた作品でした。2024年の観劇がこのこまばアゴラ劇場での『いまさらキスシーン』で始められて本当に良かったです!玉置さんのお芝居もすごく好きなので、これからたくさん見られたらいいな🎶

あと最後に。
太宰治と寺山修司と秋田ひろむと中屋敷法仁を生んだ青森県っていったい何がどうなってるの!?


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?