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『悪魔の膝枕』作:こもにゃん、追筆:関成孝


はじめに

2023年6月3日、膝枕リレーKnee周年とご自身のお誕生日祝いでこもにゃんが膝枕派生製品の新作『悪魔の膝枕』をだされました。コンテンポラリーでどこかノスタルジックな古典的な香りの漂う作品は、すぐに読者を魅了し、すでに多くの方が朗読されています。

この素敵な作品を少しだけ膨らませてみたいと思い、こもにゃんのお許しを得て追筆させていただきました。こもにゃんさん、ありがとうございます。万葉集にも膝があることは、こもにゃんの作品についてヒロさんがご指摘されていたものでした。調べてみると、酒好きの歌人でしられる大伴旅人(おおとものたびと)の歌が見つかりましたので、これを使っています。おかげさまで、こもにゃんさんの地、「奈良」の風味を加えることができました。

タイトルを見てすぐに浮かんだのが、アンブローズ・ビアズの『悪魔の辞典』でした。1911年の作品とのことで、Wikipediaによると「ふつうの辞典の体裁をもってさまざまな単語に再定義を行ったものだが、その定義が痛烈な皮肉ブラックユーモアに満ち溢れており、辞書パロディの雛型的存在となっている。」とのことです。

私がこの本に出合ったのははるか昔のことです。高校の図書館で見つけました。面白いと思って読んだのを覚えていたのですが、当時、その真意をどれほど理解できていたかは分かりません。こもにゃんの作品は、自分自身の体験を呼び起こすものとなりました。この『悪魔の辞典』を改めて調べると、なんと「膝(膝枕)」についての説明があり、それはこもにゃんの物語にうまくはまる内容でした。また、「魔女」についての説明も、魔女膝と読み替えると、これがとてもうまくフィットする内容でしたので、追筆の中で加えさせていただきました。

悪魔の膝枕(追筆)


僕が小学生の頃、世の中は不景気になっていました。僕の父親が勤めている会社も経営が危うくなり、家は暗いムードが漂っていました。

当時子供たちの間で大人気だった膝枕型育成ゲーム・ヒザコッチや、大ブームのテレビゲーム「ポケットモンヒザー」「ヒザゴン・クエスト」も買って貰えず、級友との話の輪の中にも入れなくて、休み時間は1人図書館で過ごしていました。

図書館で本を読んでいると、僕は嫌なことも忘れ、空想の世界へと旅立つことが出来たのでした。児童書から始まり、文学やSFの棚へと読み進めるにつれ、いつしか高い書棚にも手が届くようになっていました。

あれは、高校生のとき、ある日、書架の奥に、新たに入った1冊の本を見つけました。それは、アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』の横にあって、『今井雅子監修:膝枕大辞典』というものでした。それは、膝枕の歴史の紹介とともに、膝枕にまつわる200編余りの派生作品を収めたものでした。

大辞典によれば、膝枕の歴史はとても古いものがあります。記録としては、いまから1300年も前に、酒にも膝にも溺れた歌人として知られる、大伴旅人(おおとものたびと)が作った歌が万葉集に残されています。

如何(いか)にあらむ 
日の時にかも
声知らむ
人の膝(ひざ)の 上(へ)
わが枕(まくら)かむ

(いつの日にか私の声色を理解してくれる人の膝の上をわたしは枕にするのでしょうか。)

夢の中で、琴に化していた少女が詠んだ歌として作られたとか。美しい恋歌です。そういえば、1000年も昔に書かれた源氏物語にも、若紫が光源氏の膝に枕する美しい情景が描かれています。

江戸時代には、作り物の膝枕が登場しています。最初はお武家様や大店(おおだな)の商人(あきんど)しか手に入れることができなかったものでしたが、捨てられて海に流されて膝枕を浜で拾い、磨いて細工をして売るという「膝屋」という商売が生まれ、庶民の手にも届くようになりました。中でも、膝屋の久五郎は、その器用な手先を生かし、「花魁膝枕」「侍膝枕」「十二単膝枕」「歌舞伎膝枕」などの大ヒットを飛ばし、一代で「膝久」という大店を築いたのです。

この「膝久」こそ、その後の「膝枕カンパニー」。膝枕業界NO.1の企業として世界に名前を轟かせました。

さて、僕が小学生だったころには、すでに、膝枕にコンピューターが内蔵され、挨拶などの簡単な言葉を発する商品、ヒザコッチと連動したものなど、単に頭を預けるだけでなく、より娯楽性の高いものが出回るようになっていましたが、今から思えば、膝としての不完全な部分を他の機能で補っていただけだったのかもしれません。やがて、膝はどんどん膝らしさを深めていきます。そして、それにより社会は思わぬ変容を遂げていくのでした。

『膝枕大辞典』の最後のページは、Kneeストラダムの世紀末の予言でした。「ある日、空から無数の悪魔の膝枕が舞い降り、ついには世界は滅亡する」と。異様に青白く骨ばった膝を、黒いスカートからのぞかせる死神のイラスト。二度とそのページを開こうとは思いませんでした。

実は、『悪魔の辞典』にも、「膝」が書かれています。

「女性の体にそなわっている最も重要な機関の一つ。幼い子供をそこにのせて寝かせるというのには、自然もまことに結構なものを用意してくれたものだが、その主要な用途は、田園で行われる祭りの際に、冷たいチキンの皿なり、成人した男性の頭なりを支えるというところにある。

同じ人類に属する男性にも、別に膝がないわけではないが、何分にも発育不全の状態にもあるもので、この人間なる動物の実質的な幸福には、少しも役に立たない。」

男の発育不全とはなにを意味するのかが謎でした。でも、乾いたジョークは真理を突くものです。その意味は、後に、後(のち)に思い知らされることとなるのでした。

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僕は大学を卒業すると、あの「膝枕カンパニー」に入社しました。最初の配属先は新商品開発チームでした。「膝枕で人を笑顔にする」という創始者久五郎の起業家精神は脈々と受け継がれていました。社員一同、世の中を自分の手で幸せにするという共通の目標を持って誇りをもって働いていました。手懸けた膝枕が完成し商品化が決定すると、チームみんなで祝杯を上げました。僕達は次々と新商品を開発し、膝枕は目まぐるしい進化を遂げました。

膝に頭を載せた時の感触がもっとも大事であることは言うに及びません。マシュマロのような沈み心地とフィット感に向けてあくなき追及が続けられました。また、学習型のAIが組み込み、人さながらの会話を可能とし、ナビ機能や、健康管理機能を持つ製品も開発しました。

しかし、膝枕が生身の人間に近づくにつれ、煩わしい人間関係に疲れた人々が膝枕を溺愛して引き籠る「膝枕廃人」化が進み、それが大きな社会問題となりました。このままでは国が滅びると、政府は膝枕禁止令を出し、膝枕狩りが始まりました。創業300余年の「膝枕カンパニー」はついに倒産し、僕は失業してしまいました。

折しも、ある大国が、近隣の小国に戦争を仕掛ました。その戦争は大国の目論見どおりには行かず長期化しました。小国の支援に加わっていた我が国でしたが、戦争への直接介入につながる武器の供与ができないもどかしい立場にありました。そんなとき、国民から没収した膝枕を戦地に投下し、兵士を骨抜きにするという突拍子も無い作戦を思いついたのです。同盟国を呆気に取らせたこの作戦は、思わず功を奏して戦争を終結させ、世界から喝采を受けることとなったのでした。

そんなある日、職も家族も失い失意の日々を送っていた僕のもとに、外資系の膝枕の会社からの誘いが舞い込んできました。

「また膝枕が作れる」

僕はその話に飛びつきました。

初出勤の日。会社の門をくぐると、膝枕カンパニーで苦楽を共にした仲間たちの姿を見つけました。皆で再会を喜びあったのは言うまでもありません。

社長が笑み満面で命じたのは、自分たちの思うままに、これまで世になかったような究極の膝枕を作ることでした。社長の言葉に僕達の腕がなりました。

そして完成した「究極の膝枕」。僕たちの誇り。

体脂肪40パーセントの究極の沈み込み。ピンクの花柄のスカートを穿いたぽゃり膝枕。綿あめのようにふんわりと優しく、海のように深く大きく包み込むような包容力を表現したのです。

膝枕が魅力を高めるにつれて、重要性を増したのは安全弁でした。膝枕廃人を作ってしまわないように防止装置を搭載させることとしました。1日5時間以上膝枕を使用すると、ぽちゃり膝がカチコチになり、乗せた頭がとてつもなく痛くなって、膝から離さずにはいられなくなるようにしたのでした。

僕たちは自信満々でした。久しぶりに新製品を完成させた達成感。破格な給料。明るい希望が見え始めました。

 膝枕完成から130日後のあの日……突然、空から無数の箱が降って来たのです。

箱を開けてみると、それは、僕達が開発した「究極の膝枕」ではありませんか!!しかし、なんと、廃人防止装置は外されていたのです。人々は次々と膝に溺れ、廃人となって行きました。

「いったい、どういうことですか?」と開発チームメンバーは社長に詰め寄りました。

「君たち、『悪魔の膝枕』の開発ご苦労さま。いやぁ、実によくやってくれた。」 と、社長はニヤニヤしながら言いました。

「悪魔の膝枕!?」 僕の脳裏に、あの「膝枕大辞典」の最後のページがよぎりました。

僕達が採用された膝枕会社は、なんと、戦争をしかけたあの大国がバックについていたのです。

「目には目を、歯には歯というものだ!」

社長はそう言って高笑いしました。「悪魔のように繊細に、天使のように大胆に!」ゲーテは良いことを言ったもんだ。わっはっは!!

その時、社長秘書が飛び込んできました。

「大変です!「悪魔の膝枕」が「膝屋Neo」と名乗るグループに回収リメイクされて大量にネットに売りに出されてます。本国にも多量に持ち込まれています!!!!」

僕は、今、『悪魔の膝枕』に沈みこんでいます。もう何日も飲まず食わずですが、不思議と苦痛はなく心は安らかで幸せです。他の仲間と、多くの国民と同じように。そう、廃人と化しているのでしょう。

街は、ライフラインがストップし廃墟と化しつつあるようです。だからなんだと言うのでしょう。人類は、静かに滅亡への道を突き進んでいるのです。そう、世紀末なのですから。

「膝枕大辞典」に載っていた予言は見事に的中しました。しかし、『悪魔の膝枕』の姿は預言者の想像を超えていたようです。それは、二度と見たくならないような恐ろしい姿の悪魔ではなかったのです。ふと、ビアスの『悪魔の辞典』にあった魔女膝についての一節が浮かびました。

「魔女膝とは、

(1)悪魔と邪悪な盟約を取り結んでいる、醜い女の膝。
(2)邪悪さにかけては悪魔と盟約を取り結ぶ必要があるどころか、遥かにその上を行く、魅力のある天使のような娘膝。」

そう、悪魔の膝枕は天使のような娘膝だったのです。ぽっちゃりとした・・・男の膝が発育不全とは、そのことを言っていたのだ。自分を好いてる女は満たせても、世界を支配することはできない・・・体脂肪をたっぷりとためこんだ膝に沈みこみながら、僕の意識は薄れてゆくのでした。

クラブハウスでのリプレイ

2023年6月19日 関成孝による膝びらき


2023年6月25回 鈴蘭さんによる朗読会。オリジナルの『悪夢の膝枕』とともに読まれました。

2023年9月20日 鈴蘭さん。オリジナルの『悪夢の膝枕』とともに。

2023年9月30日 鈴蘭さん。オリジナルの『悪夢の膝枕』とともに。

2023年10月13日 膝の日 鈴蘭さん

2023年10月21日 鈴蘭さん

2023年11月5日 鈴蘭さん

2023年11月17日 鈴蘭さん

2023年11月22日 鈴蘭さん

2023年11月24日 鈴蘭さん

2023年11月26日 ノアさんと鈴蘭さん

2023年12月12日 鈴蘭さん

2023年12月20日 こもにゃんの原作を加えた他3遍ともに、鈴蘭さん。

2023年12月30日 こもにゃんの原作他とともに。鈴蘭さん。

2024年1月20日 こもにゃんの原作ほかとともに。鈴蘭さん。

2024年2月1日 こもにゃん原作他とともに。鈴蘭さん。

2024年2月10日 こもにゃんの原作他とともに。鈴蘭さん。

2024年2月26日 こもにゃんの作品数点とともに、鈴蘭さんとワクニさんの競演。

2024年3月3日 薫の受難、こもにゃんさんの作品他と共に、鈴蘭さん。

2024年3月30日 「薫の受難」から始まる8つの物語の最後に。鈴蘭さん。

2024年4月9日 女性社長版、鈴蘭さん

2024年4月17日 女性社長版 鈴蘭さん


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