「遺伝子組換え」について
職業柄、「遺伝子組換えって安全なの?」という質問をよく訊かれます。
そういった質問をしてくる方に専門的に詳細に説明しても簡単に理解してもらえるというものでもないし、かといってシンプルに「安全です」と答えるのは簡単だが、それも安全神話のようでちょっと気が引けます。
実際には、「遺伝子組換え」そのものなのか、「遺伝子組換え技術」なのか、「遺伝子組換え生物(植物、作物)」なのか、「遺伝子組換え食品」なのかによって答えは変わります。
まず「遺伝子組換え」ですが、「遺伝子組換え」は様々な生物の生体内で起こっている現象なので、安全か危険かという次元とは別の話で、好むと好まざると自然界のいたるところにあります。
「遺伝子組換え技術」は、そのような自然界にある「遺伝子組換え」の現象をもとに開発されました。「遺伝子組換え技術」によって、人為的にDNAを切り貼りしたり、人為的に外来遺伝子をある生物に導入したり、遺伝子を改変したりすることができます。「遺伝子組換え技術」は技術ですので、火や包丁と同様に使い方によって有益にもなるし危険にもなると言えます。
「遺伝子組換え生物(植物、作物)」は、遺伝子組換え技術を用いて新規に創られた生物のことです。「遺伝子組換え生物」は、元の生物(宿主)が何か、導入された外来遺伝子が何か、それによって生物体にどういった変化がもたらされるかによって、安全か危険かは変わるという話になります。例えば、薬や油を多く作らせるように改変させた遺伝子組換え生物を食べたいかというと、答えはNoでしょう。理論上は毒素を作らせることも可能なので、安全性の確認されてないものは、安全とは言えません。
ただし、この点については「遺伝子組換え生物」に限った問題ではなく、天然の植物についても同じことが言えます。トリカブトなどの野草はアルカロイド系の毒素を持つことが知られています。タバコのニコチンも危険です。日常に口にしている作物についても、トマトの茎や葉、青い果実に含まれるトマチン、ジャガイモの芽に含まれるソラニンなどは毒性があることが知られています。遺伝子組換えで光るハエを食べたいかというと食べたくありませんが、それは遺伝子組換えでなくても同じでハエを食べたくはないでしょう。天然の生物、作物でも、すべてが安全なわけではありません。
「遺伝子組換え食品」は、「遺伝子組換え作物」の中で、(現時点では)医薬品並の試験をパスして安全性の確認されたもの、そういった作物を原材料に加工された食品などを指します。よく懸念されるアレルギーの審査なども行われています。胃腸で消化されにくく、加熱されても安定的なタンパク質を産生する遺伝子組換え作物はアレルゲンの可能性があるので食用としては認可されません。市場に出ている遺伝子組換え食品は、それら厳しい試験をパスしたものなので、基本的に安全を言ってよいでしょう。
よく言われる批判として、「遺伝子組換え作物は歴史が浅く、長期にわたる安全性が確認されていない」というものがあります。確かに、実際に遺伝子組換え作物が市場に出回り始めたのは80年代からで、四半世紀、およそ30年ほどになります。それ以上の長期間にわたって、人間が摂取し続けた事例はありません。しかし、逆に言い方を変えると、遺伝子組換え作物を積極的に推進してきた米国や中国、ブラジルでは、すでに20年以上栽培され、人が摂取し続けてきた実績があります。
一方、私たちが安全と思い食べている作物の歴史はどの程度でしょうか。例えば、日本で最も食べられているお米の品種コシヒカリの歴史はおよそ60年です。品種改良の盛んなイチゴでは、現在日本で一般的に食べられている品種の多くは、今世紀に入ってから市場に出回ったものです。日本人がキウイやマンゴーなどの熱帯産果実を日常的に口にするようになったのはごく最近のことです。それら品種の安全性はどの程度確かなのでしょうか?長期的にどの程度確かめられているのでしょうか?栽培と食の歴史的観点から言えば、遺伝子組換え食品の安全性は日常に食べられている食品と同等と考えて差し支えないでしょう。
遺伝子組換え技術を用いることによって、農薬の消費量を減らしつつ、作物の収穫量を増やし品質の低下を防ぐことが可能になり、食糧の安定供給が可能になりました。ここ四半世紀、先進国では害虫の大量発生による飢饉のニュースを耳にすることも無くなりました。遺伝子組換え技術は、地球上の急激な人口増加による食糧危機を解決するために欠くことのできない技術と言えます。遺伝子組換え技術は、農薬の化学合成や散布時の化石燃料の消費量を激減させ、農業分野での二酸化炭素削減にも大きく貢献しています。
日頃、「遺伝子組換え作物や食品」に対する批判を見ていると、非科学的な批判が多くうんざりすることが多いのが実情です。しかし、突き詰めていくと、それら批判は安全性についての懸念、科学や審査に対しての信頼性の欠如、政治や企業、官僚及び研究者に対する不信感に起因するものでしょう。それについては、多くの研究者、科学者、安全性を審査する人たちは誠実に仕事に取り組んでいますとしか言いようがないのですが、昨今ニュースを賑わす、データの改ざん、偽装、捏造などの不正事件を見ていると、そういった不信感を持たれてしまうのも致し方ないのかもしれません。科学に対する不信感を取り除くためにも、安全神話に頼らず、科学的エビデンスに基づいて誠実に説明していく努力が必要なのかもしれません。
まだまだ「遺伝子組換え」について書き足りないことはたくさんありますが、今回はこのへんで。
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